派遣勇者-SENT BRAVE-(16)
「ツー・ツー・ツー」
受話器から聞こえてくる音。この音は勇者がまだ死んでいないということを意味していた。ユースケが生存していることにノアは焦りを覚える。
収容所襲撃の期限は今日。襲撃を実行すれば、間違いなく収容所に配備されたホバータンクと戦闘になる。タンクの性能と訓練で見たユースケのポテンシャルを比較し戦闘シミュレーションを行うと、90%でタンクが勝利する。
しかし、トライブルーが戦闘不能状態に陥いり自立運転機能が起動すれば話は変わる。装着者を犠牲にすることで収容所の全戦力を破壊するまで戦い続けるだろう。
囚人を回収できるだけでなく、死亡したユースケの代わりに新たな勇者を呼ぶこともできる。
明日の朝には次の作戦であるアシリマ軍需工場基地襲撃に出発しなければならない。
ノアは可能な限り早くユースケに死んでもらうことを期待しながら、次の作戦の準備に取り掛かった。
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「ツー・ツー・ツー・ツー」
作戦開始まであと30分。あれから何度も召喚を試みたが聞こえてくるのは同じ音。
(まさか予測が外れるとは。)
自律運転にユースケが耐えられるはずは無く、一命を取り留めたとしても体はボロボロでまともに動くことは不可能。そうなった場合は殺害するようにユーミカに命令していたのだが。
可能性として考えられるのはユースケの逃亡。その場合も殺すように命令していたが、ユーミカ一人だけでは対応できなかったのかもしれない。こちらの作戦を重視したせいではあるが、もっと人員を充てるべきだった。
今開始されようとしている作戦の目的は輸送機やパワードスーツの奪取だ。
収容所の作戦で増えるであろう人員用の装備を手に入れることができれば、レジスタンの戦力を大幅に向上させることができる。シミュレーションでは今この場にいる人数だけでも86%成功とかなり高い確率だ。
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「2番艦 パワードスーツの搭載を完了 発進します」
「本艦が殿を務めます。各員は戦闘態勢へ、ロムア班は奪取したパワードスーツを装着しておくように!」
奪取した新型パワードスーツを積載した水陸両用輸送艇が2隻、全速力で港から発進する。
1番艦には操舵手とオペレータ、そして私しかいない。本来、運用に最低でも10人は必要なこの水陸両用輸送艇『クゴッズ』だが、私が直接コントロールすることで少人数での運用が可能になっている。
海を越え、中央大陸に上陸してしまいさえすれば追手も諦めるはず。そう考えているとオペレーターの声が響き渡った。
「パワードスーツ部隊接近!数8!」
やはり来た。
「ロムア班出撃。2番艦は先行して撤退。ロムア班は本艦との後退スピードを合わせるのを忘れるな!」
新型のパワードスーツを装着したロムア達が出撃し、海上で戦闘を開始する。さすが元パワードスーツ部隊の隊長なだけあって、ロムアは新型スーツを使いこなし次々に敵を撃破している。
「ロムア機 敵を3機撃破。敵部隊撤退します。」
「ロムア班は本艦に収容。被弾があれば新品のスーツと交換、弾薬の補充を。」
指示の下、本艦に収容されるスーツ達。この調子ならばいけるとそう考えた刹那、オペレーターの焦りを含んだ声が響き渡る。
「左舷より高速で接近する機影20。2番艦に向かって真っすぐ向かっています!」
さすがに数が多すぎる。最小限の犠牲で済ませるしかない。
「本艦は2番艦の囮として敵部隊に突貫します。乗員はパワードスーツを装着し、資材と共に2番艦へ。」
「そんな!」
オペレーターが声を荒げる。
「いいのです。早く用意を。」
あくまでも重要なのは次の作戦。ここで人的損失を出すわけにはいかないし、この艦が犠牲になっても2番艦が無事に基地へ帰還できればよい。それに単独の方が敵基地からの脱出もやり易い。
ノアはコントロールパネルに手をかざし、システムにリンクする。これで全管制能力がノアの手中に収まった。艦からパワードスーツが発進したのを確認し、ノアは全速力で敵部隊へと向かう。
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コンクリートで囲まれた、ベッドとトイレしかない牢にノアはいた。
外には銃を持ったアイッスルの兵が2人、鉄格子の前で警備をしている。
大した武装も無い輸送艇だったが、ノアが艦の機能を最大限に引き出して時間を稼ぎ、何とか2番艦を逃がすことはできた。
その後、艦内に乗り込んだパワードスーツ部隊に捕まり今はこの牢屋の中にいる。
「イライザちゃんはどうしてまたアシリマからレジスタンスなんかに!?」
警備をしている兵の1人が馴れ馴れしく声を掛けてきた。
イライザというのは捕縛後に受けた尋問で名前を聞かれた際、ノアが適当に答えた偽名だった。医務室にわざと隠れていたところを捕縛させ、この作戦には衛生兵として参加していたと説明している。
「生活の全てが管理され、娯楽や趣味を持つことさえ許されないことに嫌気がさしたからです。」
ノアは怯えた様子で話す。
「へぇー。アシリマって厳しい所って聞いてたけど本当なんだな。」
もう1人の兵が呟く。アシリマでは絵や音楽などの趣味・娯楽に関するものは、戦争の役に立たないとして禁止されている。だがノアがこのように答えたのには理由があった。
「なーなー。結婚相手も勝手に決められるって…マジ?」
これも事実だった。結婚相手を勝手に決められるだけでなく、子供の人数、さらに言うと性交渉をする時期や回数まで指示される。
「そうです・・・。」
弱々しく怯えていることが伝わるようにノアは言う。
「イライザちゃんは結婚相手いたの?」
「いえ、私はその前にレジスタンに来たので。」
「じゃあさ、レジスタンで付き合ってる男はいるの?」
男の口調が段々と軽薄なモノへと変わってゆく。ノアの狙い通りだ。
「いえ・・・。いません。」
そう言うと、互いの顔を見合わせた兵士二人が「な、俺の言った通り生娘だったろ」「チクショー。あれだけの上玉なら普通経験済みだろ。」と小さな声で話すのが聞こえた。
アイッスル軍で死亡率が最も高いのは、やはりパワードスーツを装着して戦う機装兵になる。そのため、機装兵には他の兵種と比べて待遇面で多くの特権が与えられていた。
例として高レベルでの衣・食・住の保証や慰安所の無料使用が可能というだけでなく、戦利品の優先取得権というものがある。
これは、作戦内にて手に入れたもので欲しいものがあれば、それを優先的に受領することができるというものだ。
恐ろしいことにこれは亡命者や国内の暴動鎮圧にも適用され、捕らえられた女性が戦利品として機装兵に与えられ奴隷のように扱われた後、ゴミくず同然に捨てられることが常態化していた。
機装兵に志願した者の多くはこの特権目当てで、人格が破綻した者が多いことは敵味方周知の事実だ。
「イライザちゃんさあ。提案があるんだけど。」
男がにやつきながらも繕った声で話し掛けてくる。
「戦利品としてイライザちゃんが俺のものってことになれば、処刑されずに済むよ!」
ノアは捕縛された際に身体検査と称して服を脱がされた際、この男の体温と心拍音が急上昇したのを確認していた。見張りとしてこの男がやって来た時にこうなることを予測していた。
「わかり・・・、ました。」
俯き囚人服の裾を掴みながら、苦渋の決断をした演技を見せるノア。すると牢屋のカギが開かれた。もう一方の男が「後がつかえてるんだから早くしろよ」と言うと男は「わかってるよ。」とマシンガンを置くと牢屋内に入ってきた。その際、ホルスターにハンドガンが収められているのをノアは見逃さなかった。
「優しくしてやるからな?」
男はベットの上にノアを押し倒すと、乱暴に覆いかぶさりキスをした。
「ヴッッ!?」
男は口づけした状態で背中を少し震わせたかと思うと、手足の力が抜けたかのようにぐったりとした。
「おいおい大丈夫かよ?」
中を覗いていた外の男が茶化すように言う。
ノアは男のホルスターからハンドガンを取り出すと、見張りの男に向けて発砲した。
「なっ!?」
頭を撃ち抜かれた男は信じられないという表情をしつつ地面に倒れた。
通常、この世界のハンドガンは登録した持ち主にしか使用できないようになっている。敵に銃を奪われた場合の対抗策で、ハンドガン内部のナノマシンが銃を持つ者を登録された所有者かどうか判別するのだ。
にもかかわらず銃はノアによって撃たれた。
ノアは死体をベッドの下に隠すと、マシンガンを手に牢屋から出た。




