プロローグ
空乃 勇助が帰った実家は去年の春に出て行った時と何も変わっていなかった。
「ただいま」
誰も返事をしてくれる者がいないのは分かってはいる。だが、『”いってきます”と”ただいま”は必ず言うこと』というのが母の教えだったため、反射的に言ってしまった。
スーパーで買ってきた桃とミカンの缶詰を仏壇に置いて線香に火をつけてりんを鳴らす。写真の母に向かってもう一度言う。
「ただいま」
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高校に入学してからは学生寮に住むことになるため、家は叔父に預けることになった。ところが2年生になってしばらく経ったある日、町内会長から連絡があった。
町会費の集金のために何度か家を訪問したが叔父はおらず、携帯に電話をかけても全く繋がらない。そちらで連絡が取れないかということだった。
自分も叔父の行き先や他の連絡先は分からないと言うと、犯罪に巻き込まれた可能性もあるから、警察に捜索願を出したほうが良いのではないかと言われた。
とりあえず今度のゴールデンウィークに自分が一度家に帰り、それから再度連絡がとれないか試してみると伝えた。
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家の中に叔父の行方が分かりそうな物が無いか調べ始めて30分が経った。奇妙なことにそもそも叔父の私物が全く見つからない。
家の中も自分が家を出た時と全く変わっていなかったため、本当に叔父はここで暮らしていたのかと疑問に思うほどだ。
手がかりが全く見つからず途方に暮れていると、
「ジリリリリリーン!」
居間の方から電話の呼び出し音がする。しかも電子音ではない古い電話の呼び出し音だ。
固定電話は解約していた筈だが叔父が新しく設置したのだろうか?いや、ひょっとすると叔父からの電話かもしれない。
音は何故か奇妙な場所、過去に固定電話を置いていた木製の台の中から聞こえている。表側には引き出しも無い、高さ40cm程度の台なのだが中に空洞でもあるのだろうか。
呼び出し音はまだ鳴り続けている。切られる前に何としても受話器を取らなければ。
台の上に身を乗り出して壁との隙間から手を差し込み、背面をガムシャラに押すとそれに合わせて引き出しが表側へ押し出された。
表側には取手が無いので裏から押さない限り引き出しが出てこない仕組みになっている。これでは今まで暮らしてきた中で気付かなくても当然だ。表側に回り込み、引き出しの中を確認する。
「黒電話?」
留守電もリダイアル機能も無い、ただ通話機能だけがある電話。こんなに古い物、昔の漫画や映画でしか目にしたことがない。
急いで受話器を取り、捲し立てる様に言った。
「もしもし空乃です!!」
叔父の声が期待したが、受話器の向こうから聞こえたのは女性の声だった。
「勇者よ!助けて下さい!!」