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「準備は良いか?」
家の前で大きな鞄を持ったグレーザとシャフトラに向かってアロイスが言う。もちろん、彼は手ぶらである。
家の外では馬が三頭を先頭とした幌付きの馬車が用意されていた。彼らにとって、アロイスがもたらした恩恵への報酬と、アロイスが早くいなくなってほしいという気持ちの表れだろう。
「それにしても、よく騙せましたね」
馬車に荷物を載せながら、グレーザが言う。
「人聞きの悪いことを言うな。嘘ではない」
アジは疑い深い人間だった。すぐにバレる嘘をついたところで、アロイスたちが生きてあの建物から出る方法はなかっただろう。
数時間前。
研究室でアジがやってくる前にシャフトラに尋ねた。
「魔力の源は何だ?」
「血」
シャフトラが答える。
「血だと?」
「そう。その人の血が魔力の源。魔法の強さは血の濃さ。魔力は血に宿るもの。だから、魔法の資質は遺伝する」
「なるほど。つまり血統による優劣がつくというわけか」
アロイスが笑う。
「なるほどなるほど。それは正しい。優れた血統こそ最も尊ぶべきことなのだ。やはり、我々の思想は正しかった。劣等民族後は絶やし、優等民族の血を保護することは間違っていない」
かつて無いほどのご機嫌である。アロイスは鼻歌を歌いながら、自らの腕をすっぱりと切った。先程打たれたヘロインのせいだろうか。出血の勢いが強い。しかし、痛みは感じない。
アロイスは阿片に自らの血を染み込ませてゆく。その後、アジがやってきて製法を尋ねた。
「魔法のかけ方が違うのだ。シャフトラ、見本を見せてやれ」
シャフトラがやってみせる。先程と同じ内容だ。しかし、アロイスにはわからない、何かしらのアレンジが加えられたようだった。それはシャフトラのアドリブである。
彼らの企みを横で見ていた研究者たちは、強く口止めをされた。彼らを救ってやるという約束をしたら、研究者たちは協力してくれた。もちろん、アロイスは彼らを助けるつもりなど毛頭なかった。人は極限状態に陥ると、普段とは違う思考回路に切り替わる。簡単に騙されてしまうのだ。
果たして、研究者が作ったヘロインは彼らの体を燃やすことなく正常に作用した。この結果に、アジは至極満足そうな笑顔を見せた。




