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何日かすると、ヘロインは、あの女郎屋でも人気の商品になった。その間、司令官からの刺客も来なかった。アロイスに家に並ばれるのは面倒なので、ここで販売することにした。薬を打ってからの性行為は、まさに楽園を見るものだという。
グレーザと一緒に薬を届けた後、道で薬を打たれた女が強姦されているのを見た。脇に見慣れた注射器が落ちている。ヘロインの入っていた注射器だ。女は乳房を顕にしたまま、力の入らない手をアロイスの方へ伸ばした。
「見世物じゃねえぞ」
見た顔だ。酒場にいた兵士どもの一人だった。
「別に貴様らの汚いものをみる趣味はない。好きなだけ続けろ」
そう言って、アロイスはきびすを返した。そのとき、耳に震える女の声が聞こえてきた。
立ち去ろうとしていたアロイスは、振り返って兵士を女から引き剥がした。
「何しやがる」
兵士の方もヘロインを打っていたのだろう。ろれつが回っていない。
「貴様、こんなところで何をしている」
犯されていたのはマヌだった。彼女は何か言いたそうに口を開いたが、出てくるのはうめき声だけだった。
「まったく、なんて有様だ」
アロイスは後ろにいたグレーザに、マヌを担ぐよう指示した。兵士が絡んできたが、アロイスが蹴りを入れると、そのまま道ばたで気を失った。
家に戻る最中、マヌはグレーザの頭からゲロを吐いた。
翌日、マヌは目を覚ますや否や絶叫した。昨夜のことを思い出したのか、それともクスリの副作用か離脱症状か。
マヌの腕は明るいところで見ると、注射痕でいっぱいだった。彼女はヘロインをしこたま打たれて兵士の慰み者になっていたようだ。腕に注射跡がアザになっていた。どうして彼女だけそんな目に遭っていたのか――司令官の差し金だろう。彼女は以前から、何か司令官に対して弱みを握られているような節がある。先日の、役人殺しの騒動のとき、青い顔で司令官の部屋から出てきたのはこういうことだったのだろう。元々女郎だ、何をしても良いと思っているのだ。それに、人質の子供もいる。マヌは司令官には絶対に逆らえないのだ。
助かった、と彼女にいったことを撤回する。彼女は助からなかった。助かったのは、死んだ者たちだけだ。
ヘロインができた今、ここにも、もういる必要はなさそうだ。フランクライヒに芥子の果汁を都合してもらえるように、誰かに交渉に来させよう。そうしたら、今度こそヤーパンへ出発だ。
「ごめんください」
アジがやってきた。
「なんだ、もう我々に用はないはずだろう」
まさか、出て行くことを感じ取って挨拶に来た、という殊勝な理由ではないだろう。我々を閉じ込めるつもりかと勘ぐってしまう。
アジの後ろから屈強な兵士が二人現れた。どちらもシルムではなかった。
「殺しに来たか」
グレーザが構えた。
「いいえ、まさか。みさなんに伺いたいことがあって」
「ものを尋ねるのに、後ろの二人は必要ないのではないかな」
アジは笑った。彼の笑い方は乾いていて、少しも愉快に思っていないのだろうなというのはわかる。
「まあまあ、とりあえず、我々の研究所までご同行願いたい」
アジがチラリとシャフトラに目をやる。
「特に、博士には」
博士ときたか。おそらく、失敗したのだろう。元々、こんな未開の蛮族ができるような簡単なものではないのだ。
アロイス、グレーザ、シャフトラがアジの後ろについて外に出た。アジはチラ、と床の上で丸まっているマヌに目をやったが、すぐに何も見なかったように歩き出した。




