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建物の前でマヌやシルムと分かれる。
「行くところはあるのか」
マヌに尋ねたが、彼女は何も答えなかった。もうアロイスに対する殺意は感じなかった。
家に戻ると、家の前に女が一人立っていた。大きな荷車つきの馬車が脇にいた。
「シャフトラ」
声をかけると、女が振り返った。フランクライヒ研究室の研究者だ。若い女だが、アロイスが一目置くほどの才能を持っている。分厚い眼鏡をかけていて、無愛想だが、やかましいよりは良いとアロイスに気に入られていた。彼女は無機質な女で、女であるということを感じさせなかった。マヌのような人間臭さとは対照的な人間である。
「一人か?」
シャフトラがうなずいた。その表紙にメガネがずれた。彼女とグレーザは同じタイミングでメガネをクイと押し上げた。雰囲気こそ似ているが、この二人は特別仲が良いというわけではなかった。
「誰も来たがらなかったから」
「そうでしょうね」
グレーザが強く同意した。
「まあ、それでもよく来てくれた。さあ、家の中へ入れ」
アロイスが玄関の扉を開けると、シャフトラが荷車から荷物をおろした。
「精製用の器具か」
この世界の器具は見慣れないものが多かった。なぜなら、動力源は魔法であり、電力や機械的な仕掛けではないからだ。それでも、遠心分離の理論などが存在しているのは驚いた。
グレーザが手伝おうとするが、シャフトラはそれを制した。彼女は他人を信用していない。そこもアロイスの気に入っているところだ。
「ここの地下を使ってもらおうか」
地下への扉を開く。すると、何かが飛び出してきた。グレーザがすばやくアロイスの前に立つ。
「まるで野犬だな」
グレーザが取り押さえたのは、小さい女の子だった。
「また家に入り込んでいたのか」
貧しい国なのだろうから、乞食がいるのは不思議ではない。祖国でもたくさんいた。
子供がグレーザの腕の中で暴れた。グレーザが子供を放すと、子供は玄関に向かって走っていった。
そして、目を疑うことをした。
玄関扉に向かって手のひらを持ち上げると、玄関扉を吹き飛ばしたのだ。遅れて熱風を感じた。
まるで、蒸発するように扉に穴が開いた。その穴から子供は外へ飛び出していった。
さすがのアロイスも口を開けたまま身動きができなかった。
これは偶然だろうか。
「あの子供、何者だ」
アロイスが呟く。
「魔法の才能はありそうですね」
グレーザがおもむろに玄関扉に近づく。手のひらを向けると、一拍の後に玄関扉が吹き飛んだ。壊れ方は派手だが、子供がやったように蒸発したような壊れ方ではなかった。
「僕よりも強そうだ」
なにか違和感を覚えた。アロイスだったらこう考えるとわかっているものに導かれているような。
どうして、あんな子供があの魔法を使えるのだ。もし、あれが犯人だとしたら、なんの理由で役人を殺したのだろうか。
そして、グレーザも同じ様な魔法を使える。
「少し間抜けな質問をしてよいだろうか」
アロイスが言う。
「貴殿は魔法が使えないと思っていた」
「たしかに、使えない振りをしていたことは申し訳ないです」
「まさか、貴殿が犯人ということはないだろうな」
グレーザは答えなかった。




