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「あなたは面白い人だ」
建物のロビーで、アロイスとアジが死体を挟んで対峙していた。
アジが死体を見下ろす。
「冗談など言っていない。これが犯人だ。満足だろう?」
先程の女の死体を無造作に投げ出している。
「それを、ハイそうですかと真に受ける馬鹿だとお思いなんですね」
「そのとおりだ」
アロイスがこともなげに言う。
「やはり、あなたは面白い」
アジに煮え湯を飲まされたことを、アロイスはまだ根に持っていた。
「詳しいことはこの二人に聞け」
シルムとマヌを示す。マヌが後ろ手に拘束されているのを見ても、アジは特に何も言わなかった。
「ここでお待ちください」
アロイスも連行されるかと思ったが、ロビーの椅子で待たされることになった。椅子の周りに、衛兵が二人立つ。嫌な感じだ。
「これが終わったら国に帰りましょうよ」
グレーザが言う。先程からしきりにメガネを直していた。緊張しているのだろうか。戦いのときとは違って、彼はこういうところは苦手らしい。
「堂々としていれば良い。我々にはまだやることがある」
「またそれだ……」
「それに、フランクライヒから研究者たちが来る手筈だろう」
「それだって、本当にくるかわかりませんよ。来たとしても、国に入れるかどうか……」
来ないことを望んでいることは聞かなくてもわかった。
どこかで扉の開閉する音が聞こえた。続いて足音。聞こえてくる足音の割りに、会話がない。
姿を表したのは、マヌとシルムとアジだった。
「ずいぶん早いな」
アロイスが言うとアジがニコリと微笑む。
「司令官は心の広い御方なので」
その割には、マヌの顔色が悪いのが気になった。唇まで真っ青である。司令官に会う前までは、狂犬病の犬のような顔をしていたのに。
「今回は、あの女中が犯人ということで結構ですとのことなので、このままお帰りいただいて構いません」
アジが気味が悪いくらい丁寧に頭を下げた。
シルムを見ると、マヌのように蒼白ではないが、バツが悪いような顔で頭をかいている。
「どうした」
シルムがなにか言いたそうにこちらを見ていたが、尋ねると顔を背けた。
「あ、そうだ」
建物から出ようとすると、アジが後ろから声をかけてくる。
「薬のこと、期待していると司令官から言伝てがありました」
結局の所、まだアロイスには利用価値があると思われたようだ。
首の皮一枚でつながったというところだろうか。




