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異世界拷問  作者: よねり
第三章 リッサの鉄棺
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18


 雨を凌ぐため、家に戻った。

「情報、集まりませんね」

 静かに雨が降る外を眺めながら、モニトルが退屈そうにあくびした。

「そうだな、闇雲に行動してもだめなのかもしれない」

「ま、そういうことです」

 耳をほじった指に息を吹きかけながらモニトルが言う。

「諦めるんですか」

 家の扉が開く。別行動で情報を探していたグレーザが戻ってきた。

「そんなわけあるか。この私が、こんなことで屈すると思うか」

「思いませんね」

 彼は表情が読めない。本気で言っているのか、それとも一人で逃げる算段でもしているのか。

「三日しか無いっていうじゃありませんか。そんなに余裕で良いんですかねえ」

 今日はずいぶんモニトルが絡んでくる。まるでこちらをいらいらさせたい様に思える。

 いらいらがピークに達したとき、ふと閃いたことがあった。

「な、なんですか」

 アロイスは目を大きく開いてモニトルを見つめた。

「貴様が大切にしているものはなんだ」

「た、大切なもの?」

 モニトルが素っ頓狂な声で答える。

「そうだ、一番大切なものだ。ただし、抽象的なものはだめだ。具体的なものだ。人間だ。肉だ。物質だ」

 突然のことになんと答えたら良いのかわからなくなったのか、モニトルはキョロキョロと辺りを見回した。

「間違えるな、一番大切なものだぞ」

 アロイスはモニトルの頭部を両手で包み込むように掴むと、顔を近づけた。モニトルの顔にアロイスの息がかかる。

 雷が鳴った。雷光がアロイスの顔を白く照らす。先程まで話していたはずのアロイスが、モニトルには別人に見えた。ここに来たばかりのときはまるで少年のように見えたのに、今では老獪な魔術師のようだ。一体何者なんだ――モニトルは自然と体が震えていた。

「か、家族……です……」

 絞り出すような声で言うと、アロイスはそれまでの雰囲気が嘘だったかのようにつまらないそうな表情をした。

「家族か……ところで」

 呟くとアロイスはゆっくりと歩いた。緩慢な動きでテーブルに近寄り、倒れ込むように椅子に座る。

「貴様は拷問というものを知っているか」

 急に、どこからか風が吹き込んできた。モニトルのわずかばかりの髪の毛が風にそよぐ。それがモニトル自身の震えのせいだと言うことに、彼は気付いていなかった。自分が怯えていると言うことにすら気付いていないのだ。

「聞いたことがあります。あなたはどこかの国の勇者で、拷問という特殊技能を使うのでしょう」

「ほう、ものしりだな」

 モニトルが卑屈に笑う。

「こんな田舎の国にいるくせに、ですか」

 外は暗くなり始めていた。三日の猶予のうち、もう一日が終わってしまう。

「司令官は私のことを知らないようだったが」

「それは、そうかもしれない。我々だって、何でもかんでも司令官のお下がりだけを喰らっているわけじゃあないんです。この国にだって、情報は流れてくる。そうでなくちゃあ、さすがにこんなところで生き残ってはいけません。これでも私は訓練兵を任される立場なんです。貴方がフランクライヒで軍を率いて戦ったことも、我々は知っている」

「ほう、それでは話が早いな。私の特殊技能というものを、特別に貴様に披露しよう」

「ずいぶん、残酷なものだと言うじゃないですか。そんなことを私にしたところで、貴方に何の得がありますか」

 雨はまだ止んでいなかったが、雲に隙間が出来始めた。月の光が家の中に滑り込んでくる。モニトルの顔の半分が、月光に照らされて不気味に浮き上がって見える。モニトルからはどう見えているだろうか。アロイスは考える。もし、悪魔というものがいたのならば、どういう姿をしているだろうか。悪魔というものは、たいそう残虐だと聞く。何度も悪魔と呼ばれた。つまり、今のアロイスそのままの姿なのではないだろうか。

「おや、おつきの方はどこへ行かれたんですか」

 いつの間にか、グレーザがいなくなっていることに、モニトルは気づいたようだ。

「部屋が暗いな。灯りをつけよう」

 机の上に、油の入った缶詰の空き缶があった。アロイスはそれにマッチで火をつける。

「フランクライヒには、魔法の力で灯りをつける魔導具があった。今思うと、あれは便利だった。貴様は知っているか。これはヒンデンブルク灯という。私の祖国で戦時中に使われたものだ」

 缶からはこよった紙が伸びており、そこには油が染み込ませてある。火をつけられた紙は、頭だけを出して缶の中に潜っており、筒の中には油が満たされていた。

 アロイスがヒンデンブルク灯と言ったものは、厳密には違う。彼が使っているのは、油紙を巻いたものに油を満たしたものだからだ。

「貧しい国ですからね」

 火が踊る様というのは、どうしても哀愁を帯びてしまうものである。男二人で向かい合って火を眺めていると、まるで何年も戦場で背中を預けあった仲のように思えてくる。

 それから少しの間、二人は黙って火を見ていた。どこからか蛾が入ってきて、火に焼かれた。そのまま缶の中に沈み込む。

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