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風が首筋を撫でる。
アロイスがぎゅっと目を瞑る。
終戦のあと、死刑になったときのことを思い出す。野蛮な大陸人達。裁判にもかけず、アロイスを抹殺しようとした。
あのとき、不思議と恐怖はなかった。やりきったと思ったからだ。
しかし、今は違う。なんとかして生き延びたい。まだ、やることが残っている。
「わかった、私が犯人を捜してここに連れてくる。私はこういうことが得意なのだ。絶対に犯人を連れてくる。約束する」
情けないくらい必死に、声を振り絞った。
「待て」
大して大きくもない司令官の声が、部屋中に響いたように聞こえた。
ピタリ、と刀が止まる。アロイスの首から一筋の血が流れた。皮膚が切れただけで、かろうじて首はまだ繋がっていた。
心臓が暴れる音を聞いていた。まるで戦勝したときのパレードだ。体の中で音楽隊が滅茶苦茶に音楽を奏でている。
「三日やる」
司令官が続ける。
「それまでに犯人をここに連れてこい」
司令官が言う。アロイスがまだ答える前に、刀を持っていない方の男がアロイスの襟首を掴んで、部屋からアロイスを投げ出した。まるでゴミ袋を投げるみたいに。
アロイスは廊下を転がって、反対側の壁に頭をぶつけて止まった。目の前が一瞬白くなったが、すぐに立ち上がった。
首に手を当てる――よかった、まだ繋がっている。
遅れてグレーザもアジと一緒に部屋から出てきた。
「良かったですね」
アジが笑顔で言う。
「何も良くない」
アロイスが噛みつく。
「だって、まだ生きているじゃあないですか。まさか、この部屋から生きて出てくるとは思いませんでしたよ」
「貴様、最初からこうなるとわかっていたな」
アジを締め上げる。アロイスが渾身の力を込めて締め上げているのに、アジは余裕の笑みを浮かべている。その笑みが気に入らない。
「どうした、反撃しないのか。魔法でもなんでも使ってよいのだぞ」
「私は文官で、魔法も含めて戦闘能力は一切ありませんので」
嘘っぱちだ。あのグレーザを完全に支配できる人間なんて、フランクライヒにすらいなかった。
「試してみようか?」
更に力を込めようとしたとき、衛兵が気付きやってきた。
「何をしている」
まるでアロイスを悪者みたいに取り押さえようとするので、アロイスは目を吊り上げた。アジを放すと、彼は咳き込みながらそれを制した。
「良い良い、この方は司令官の客人だ。無礼を働くな」
アジが手を上げ「そちらの客人も」と言った。視線の先にはグレーザがいた。何かを衛兵に向かって仕掛けようとしているところだった。アロイスの目には、彼が何をしようとしているのかわからなかったが、なにか物騒な行為だということだけはわかった。メガネの奥の瞳に殺意が灯っていたからだ。まだ、先程アジにやられたことを根に持っているに違いない。これで、やっと同じ立場だなと言いたかった。
「命を大切に」
アジが言うと、駆け寄ってきた衛兵はたじろいだ。グレーザも手を引っ込める。その隙に彼らの間をすり抜けた。
アロイスはアジに近付いて服のシワを直した。
「貴様もな」
グレーザに合図すると、アロイスは建物から颯爽と出ていった。建物を振り返ると、憎々しげにそれを見上げた。




