15
次の日、目を覚ますと家の外がざわついていた。人が走り回り、あちこちから怒号が聞こえる。家の中を覗き込んでいる輩もいた。
「何事だ、騒がしい」
アロイスが言うと、グレーザが眼鏡をクイと押し上げた。
「どうやら、何か事件が起こったみたいですね。それも、殺人」
「やれやれ、またか」
アロイスがため息をつく。フランクライヒでも同じような事があったことをグレーザに話すと、グレーザは面白そうに「さすが勇者様は違いますね」と言った。
「全く以て笑えない」
アロイスが外へ出る。太ったモニトルと痩せたアジがやってくるところだった。それがまるで大鎌を持った死神のように見えた。
「やあやあ、アロイス殿。ちょっと来てもらえませんか」
アジが言う。彼はとても親しみやすい人間だったので気付かなかったが、少し後ろを歩いているモニトルの様子を見ると、本当に偉い立場のようだ。モニトルが、昨日とは打って変わって居心地の悪そうな顔をしている。
「先に言っておくが、私の仕業ではないぞ」
アジは面白そうに手を叩いた。
「話が早い。まあ、ここで立ち話をするのも難ですから、歩きながら話しましょう」
あまり乗り気ではなかったが、こういう場合に拒否をすると立場が危うくなる。アロイスは諦めたようにため息をつくと、アジと並んで歩き始めた。その後ろからモニトルとグレーザがついてくる。無口なモニトルは気味が悪い。
「正直なところ、私も司令官も貴方を疑っているわけではないんです」
「なら……」
アロイスが反論しようとしたところに、アジは指を立てて制した。
「でもね、よそ者がやってきた直後に国民が殺された。どう考えてみても、怪しいのは貴方ですよね。……ええ、わかっています。わかっていますとも。貴方はやっていない。でもね、我々の感情なんてのは関係ないんです。このまま貴方を野放しにしていたのでは、示しがつかない。国民に対する示しがね」
彼は随分機嫌が良さそうに、ペラペラ喋った。まるでこの状況を楽しんでいるようだ。
強い風が吹く。冷涼で乾燥した風が、切り裂くようにアロイスの肌をなでた。太陽はまだ昇り始めたばかりで、大地が冷え切っている。空には波のようにうろこ雲が浮かんでいた。
「貴殿のあの薬入りのお茶のせいで、こちらは大変な目に遭ったことを忘れていないぞ」
思い出して怒りが湧いてきた。アジは意外そうな顔でアロイスを見詰めた。
「あれしきのことで……貴方のような方がへばるわけはないと思いましてね。申し訳ありません。おもてなしのつもりだったのですが。お酒の方が良かったですか」
悪戯っぽい顔で笑う。悪意しか感じない。この男は、初対面の印象とはまるで違う。
悪意だ。彼がクスリではなく酒だと言ったことも、悪意だ。元をたどれば、酒も薬も同じだ。どちらも神経を冒して快楽を得るためのツールである。こちらの精神を冒すぞという圧力なのである。
甘く見られたことが気に入らなかった。
「結構。最初からそうだとわかっていれば、問題ない」
売られた喧嘩は買ってやる。ぎゃふんと言わせてやる。
心なしか足早になっていることに、アロイスは気付いていなかった。
「私は犯人ではない」
司令官の前に出ると、アロイスは再び言った。司令官は感情のこもらない表情で、両脇に立っている男達に目配せをした。すると、男の片方が腰に差していた刀を抜く。もう片方の男が、アロイスを押さえた。
振り返ってアジを見ると、気まずそうな顔で笑っている。彼は知っていたのだろう、司令官がアロイスを殺すことを。その首を国民の前に晒すことで、溜飲を下げようということも。
グレーザがアロイスに駆け寄ろうと体を動かした瞬間、アジがグレーザを押し倒した。ただもつれただけのように見えたが、アジはグレーザを少しも身動きできないように取り押さえていた。腐ってもゲリラ国家のナンバー2ということか。
「貴方まで死ぬ必要はないんですよ。貴方には、彼の胴体を国に持って帰って貰う使命があるんですから」
アジはさすが副司令官というだけあり、グレーザを完全に支配していた。完全に関節を決められていて動けない様子だ。グレーザが悔しさで顔を真っ赤にしている。
「待て、私を殺しても事件は解決しないぞ」
アロイスの進言に、司令官は少しも表情を動かさない。
ピタリ、とアロイスの首に刀の刃が当たった。
「解決するかしないかなんて、関係ないんですよ〜。犯人らしき人が捕まって、それらしい罰を与えられたという事実が大切なんです」
アジが歌うように言う。
「私を殺したら後悔するぞ。私なら、今以上に品質の良い薬を作れる。みすみす逃すことになるぞ」
男は刀を振り上げた。




