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異世界拷問  作者: よねり
第三章 リッサの鉄棺
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13


 太陽は遠い山の陰に潜ろうとしていた。

 夕方まで連れ回されたが、結局特に何の収穫もなかった。乾いた土地に、芥子が生えているのは見えた。農作物と言うより、ただそこに生えている。奴隷の小作人達は雑草をとっている。口の形が蚊のようなストロー状で、それで雑草を吸っている。芥子は不揃いで、背の高いものや低いものもあり、疎密も場所によって全く違う。

 畑を見ただけで、司令官や高官には会わなかった。この国は、ランドやフランクライヒよりもずっと文明が遅れていて、まるでジャングルの中の村のようだ。服が葉っぱでないだけマシである。

 司令官の意図がつかめなかった。グレーザが言うには、他の奴隷達のように、強制的に労働させられるものと思っていた。新しい薬を作れて、その実験をさせてもらえるならそれでも良いかと思っていた。しかし、司令官はそういうつもりでもないようだ。アロイスの自由にさせている。かといって、協力を申し出る風でもない。こちらの出方を窺っているのだろうか。

 いつまで自由なのかはわからないが、期限があるのならばそれまでは自由にしてやろうと思った。

 今日はマヌの姿を見なかった。彼女は監視役だというのに、とんだ怠け者だ。

 そんなことを考えていたからだろうか、遠くにマヌの姿を見た。いや、本当に彼女であったのかどうかわからない。それでも、捕まえて文句を言ってやろうと思って追いかけた。そのうち、昨日、幻覚を見た建物を見つけた。中を覗いてみると、がらんとしている。昨日のような怪しい煙も、女たちもいない。まだ明るいうちに見ると、ただの廃屋のような建物だった。昨日はもっと神秘的な建物に見えていたように思えた。

「何か用か」

 野太い声が背後から聞こえた。振り返ると、ボロ布をまとった大男が立っていた。肩幅などはアロイスの二倍はあろうかと言うほどの大きさだ。畑仕事をしている農夫たちと同じ服である。つまり、彼も奴隷階級だ。

「昨日の夜にここに店があったような気がするのだが」

 男はジロジロとアロイスを目で舐め回した。彼は背中から蜘蛛のように何本も手が生えていた。不揃いで、中には赤子の手のようなものもあった。その中でまともに使えるのはせいぜい二本くらいだろう。その他は枯れ枝もしくは赤ん坊の腕のように短い。

「あんた、外から来たんだな」

 敵意は感じなかった。それどころか、こちらの機嫌を伺うような卑屈さを感じる。怯えたような、諦念を覚えたような声だった。

「どの程度の範囲を外というのかはわからないが、少なくともこの国の外から来たのは確かだ」

 アロイスが答える。一瞬、彼の目の奥に光が宿ったような気がしたが、すぐに消えた。

「俺たちに関わるな」

 そう言うと、彼はアロイスに肩で押し飛ばすようにしてぶつかり、建物の中に入っていった。

 アロイスは転んで尻餅をついた。以前なら、こんな風に尻餅をついたら腰が痛かったが、この世界に来てからはそんなことが全くない。それは嬉しいことだったが、代わりに闘争心が強くなった。

 建物は入り口に扉もなければ監視がいるわけでもない。アロイスはズカズカと建物の中に押し入った。ただの小屋のようなものだと思っていたのに、意外と奥行きがあることに驚いた。一畳ほどの小部屋がいくつかと、それぞれの部屋に見慣れた香炉が置かれているのが見えた。香炉と同様に、どこの部屋にも象の様な絵が飾られていた。壁にはろうそくを挿すための燭台が備え付けてある。色を失ったようなくすんだ建物の中に、異様に鮮やかな色の絵は違和感があった。昨夜見た異様な装飾品をつけた女を思い出す。薬のせいか、やけに視覚による刺激が強くて、女の身につけている装飾が頭の中で色の洪水を起こした。薬で幻覚を見るときによく起こる現象である。あるものは視覚が、あるものは味覚が鋭くなる。他にも状態によってはどんなことが起こるかわからない。

 アロイスは鼻を鳴らす。この匂い、やはり――。

「俺たちには関わるなと言っただろう」

 奥の部屋からヌッと先程の男が出てきた。天井が高いのは良いが、肩幅が広いので窮屈そうに廊下を進んでくる。

「何故、貴様の命令を聞かねばならぬのだ」

 アロイスが腕を組む。端から見たら象と蟻のような体格差だが、アロイスは微塵も臆していなかった。

 男はすごんでみせたが、アロイスが一歩も引かないのを見ると、ため息をついた。

「女たちはまだいない。色宿は夜からだ。日が沈んでから出直してくれ」

「どうした、何をそんなに怯えている」

 男はアロイスに背を向けたが、ピタリと足を止めた。

「俺が怯えているだって?」

 アロイスがうなずく。

「お前に?」

 男は振り返って、アロイスの襟首を掴んだ。体格の通り力が強い。力強く掴まれたので苦しくて咳き込んだが彼の力は緩まない。男の上腕二頭筋が盛り上がって、カヌレのようだ。

「俺はこの女郎屋の用心棒だ。お前のようなひょろっこいやつは、今すぐ殺してやることだって出来るんだぜ」

 襟首を掴まれたまま、アロイスはため息をついた。

「いくら強い言葉を使っても、貴様には殺意がない。それではだめだ。強い言葉を使うときは、もっと殺意を持て」

 男の手が緩む。アロイスは大きく咳き込んだ。痰が絡んだので、床に吐いた。男は怒りもせずにそれを見ていた。

「一体なんなんだ、あんたは……」

 すっかり萎縮してしまって、体格差が全く感じなくなる。

「私はアロイス。拷問官だ」

 男が手を離したので、アロイスは服を正して名乗った。

「ごうもんかん、ってのが何なのかわからねえけど、あんたはあの司令官の客人なんだろう。この村の人間はみんな知ってる。面倒事を持ち込まないでくれ。司令官に目をつけられるのはゴメンだ」

 男は膝をついて、まるで祈るように言った。先程までの迫力はすっかり消え失せていた。

 彼の出てきたほうを見ると、他の部屋と同じように象の絵がかかっていた。他の部屋よりもずっと大きい。

「あの象は、貴様らの神か」

 近付いて見てみる。それは絵の具で書かれたものではなく、切り絵のようなものだった。

 他の部屋を見ていると、ひとつだけ、他の部屋とは違う絵が飾ってある部屋があった。象の絵の他に、写真立てのようなものに、あの女と少女が笑顔で描かれた絵が入っていた。女の方はマヌだった。少女の顔は、どこかで見たことがあるような気がした。

 どうして、彼女の絵がこんなところにあるのだろうか。

「あの絵は何だ。あの少女は何者だ」

 アロイスが問うと、男は眉間にシワを寄せた。

「あれはこの国の女王だ」

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