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「つまり、ここには王も総統も大統領も総書記もいないわけだな」
上機嫌でアロイスが言う。
「あの司令官は見どころがある。私の話をすぐに飲み込んで理解した」
本当のところはどうだかわからない。少なくとも、アロイスの話が本当なら金になると思ってもらえたということだろうか。アロイスが持っていたモルヒネを見せたのも効果があったと思う。司令官はまったく疑うことなく、モルヒネの注射器を自らの腕に刺した。その直後だけは、無表情な彼の口元に笑みが浮かんだのを見逃さなかった。
アロイスたちには家が与えられた。藁葺屋根の粗末な家だったが、ここの住民はそれ以下の家に住んでいたので、少なくともまともに扱われているのだろう。
家に入るやいなや、何か黒い影が家の中を走って行くのが見えた。大きなネズミかと思ったが、グレーザが捕まえてみると小さな子供だった。乞食の子供だろう。
「外に出しておけ」
それだけ言って、アロイスの関心は家に戻った。彼が気に入ったのは、この部屋には地下にも部屋があるところだ。食料庫だろう。扉を開けるだけで冷気が流れ出す。
つけられた監視は見目の麗しい男だった。涼やかな目元で見つめられると、男でさえ一瞬息を呑むほどだ。男色の将校にはさぞ人気が出るだろうな、とアロイスは思った。
彼の名前はマヌと言った。マヌは美しい顔に似合わない凶暴な目付きで、アロイスたちを睨んだ。いや、たち、ではない。アロイスを、だ。
「貴様、私になにか不服でもあるのか」
家と同様に粗末な木製の椅子に腰掛けると、アロイスは脚を組んで彼と対峙した。アロイスは目で椅子を勧めたが、マヌはまるで脚に根が張ったようにそこから動かなかった。
「あの子供はなんなのだ」
グレーザが捕まえた子供のことを尋ねてみるが、マヌは無視した。
その子供はどこに行ったか――と彼から視線を外した瞬間だった。マヌが動いたと思ったときにはすでに目の前でナイフを振り上げていた。
「クソ……」
マヌがつぶやく。ナイフはあと少しでアロイスの首に噛み付くところだった。
アロイスは動かない。黙ってマヌを見上げた。
「私はね」
アロイスが口を開く。
「戦闘能力がないものでね。だから、こうやって優秀な付き人がいるのだ」
マヌの動きを封じているのはグレーザだった。マヌを羽交い締めにするような格好で、彼の四肢の自由を奪っている。正直なところ、グレーザがこれほど俊敏に動けるということを初めて知った。余裕を見せてはいるが、ただマヌの動きに反応できずに動けなかっただけだ。グレーザがとっさに動かなかったら、自分は死んでいたろう――アロイスは顔には出さないが内心では動揺していた。
「殺してやる、このハイエナ共。貴様は己の責任すら自覚していないだろう」
マヌが吐き捨てるように言う。思ったよりも高い声だった。無理に低い声を出しているような、不自然な声だ。
「なんだ、私は貴様にまだ何もしてないはずだが。そんなに恨まれる覚えはない。責任とは何なのだ」
マヌの双眸から憎しみの炎が立ち上ったように瞳が揺れた。抜け出そうともがいていると、マヌの服が乱れた。その隙間から豊かな胸の肉が見える。
「貴様……女か」




