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畑を抜けると、また次の村に出た。そこは先の村よりも、幾分平和そうに見えた。あの貴族風の服を着た人間はいないし、道ばたで鞭を打たれている奴隷もいなかった。
連れて行かれたのは、牢屋ではなく粗末な建物だった。倉庫かと思ったら、そこが中央総司令部だった。シルムが一人でアロイスたちを連れてきたことや、彼の服が返り血を浴びていたことなどは、特に誰にも咎められなかった。引き渡しのとき、「また会えるといいですねぇ」とシルムが言った。こちらとしては、こんなイかれた男と再び会う機会はないと良いのだが。
司令官はベレー帽をかぶり葉巻をくわえていた。顔には無数の傷跡があり、若いのか年寄りなのかもわからない。そして、彼より一段高いところに小柄な、というよりも小さな人間が座っていた。深くフードをかぶっており、顔はわからない。子供だろうか。
祖国を思い出す。戦争中は子供を大量に虐殺した。今まで、こんなこと思い出したことすらなかった。危険思想の種――そう、彼らはただの種だった。人ですら無い。その子供たちは、どんな顔をしてろうか。思い出せない。
つい子供の顔を見ようと凝視してしまっていた。司令官が吐き出した煙が、彼女の顔を隠したことで我に返った。
「この世界にも、そんな上等なものがあるのだな」
葉巻を見て、アロイスが言った。司令官が目配せをすると、兵士がアロイスの膝を蹴って跪かせた。
「何者だ」
司令官の声は嗄れていた。下から見上げると、若くはなさそうだが、老人と言った感じでもない。潤んだ瞳の奥に炎が見えたからだ。
アロイスが起き上がろうとするのを見て、兵士が押さえつけようとしたが司令官が手で制した。アロイスに殺気がないことがわかっていたのだ。
「拷問官だ」
「なんだそれは」
司令官の瞳は揺らがない。炎が揺れ動くのみだ。
「貴殿らのプランテーションで栽培している芥子から採れるものを、もっと品質の良いものに変えるために来た」
出任せを言っているわけではない。アロイスはここに来るまでの光景を見てピンときたのだ。あの大規模な農園で採取された芥子は、初めてランドで見た阿片の産地なのだろう。ランドで見たとおり、ここでは高純度の阿片を作れていないようだ。これだけの芥子があれば、モルヒネどころかヘロインまで作れるのではないだろうか。
こんな状況であるのにもかかわらず、アロイスの心は踊っていた。
横で静かにしているグレーザは、内心ドキドキしていた。いつ、司令官の気が変わって首を切られてもおかしくない。彼が臆病なのではない。この世界に精通している彼だからこそ、この国の恐ろしさを知っているのだ。
この国はだめだ――今すぐアロイスの口を塞いでやろうかと何度思ったことか。万が一気に入られたとしても、一生ここで飼い殺しにされる。もちろん、気に入られなければ殺される。どちらにしろ地獄なのだ。
そんな彼の気持ちなど露知らず、アロイスはペラペラと阿片やモルヒネやヘロインのことを話している。司令官はじっと彼を見つめているだけだ。何を考えているのか少しも読めない。
この司令官も、フランクライヒ王と似ている、とグレーザは思った。この異様な落ち着きや重圧、国を統べるものとしての資質というわけか。
司令官を国を統べるもの、とグレーザが考えるのにはわけがあった。このビグマは正式な国ではない。チナ国の中に無理矢理作った自治区なのである。それを、独立国家と謳っているだけであって、実際にはチナ国の一つの州である。しかし、独立国家と謳って許されているのにはわけがある。この国から取れる芥子が、チナ国での大きな産業の一つであるからだ。さらに、ビグマの戦士たちは非常に残忍で強い。大国でさえ、うかつに手を出すと火傷しかねない武力を誇っていることも理由の一つである。その自治区を統治しているのがこの司令官というわけだ。
それをアロイスに説明したのは、捕まってからだった。もっと早く説明しておけば良かった。
グレーザの心配とは裏腹に、アロイスたちは釈放された。司令官の興味を特段引いたわけではなく、単純に面倒だったのだろう。自由と言っても、監視付きではあるが。そして、あの子供については一言の説明もなかった。




