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「ほら、言ったじゃないですか」
拘束されながら、グレーザが言う。
アロイスは門兵に向かって手形を掲げ、咳払いを一つして、ここを通せとよく通る声で叫んだ。
自信満々の顔のアロイスは、門兵から問答無用で馬から引きずり降ろされ、拘束された。
「いい馬だ。これはもらっておこう」
門兵の一人が言う。
「君は目が高いな。それは本当に良い馬だ。王族の馬だからな」
門兵は顔を見合わせて笑った。アロイスが冗談を言っているのだと思ったのだ。
「おい、シルム。コイツラを司令官のところへ連れて行く。一緒に来い」
門兵が待機所に向かって声を張ると、奥からのそりと男が出てきた。猫背で不健康そうな男だった。
「人殺しの臭いがしますねぇ」
ここから冒頭の会話につながる。
アロイスはシルムともう少し話したかったが、彼は何事かブツブツつぶやき、声をかけてもコミュニケーションが取れない状態だった。
アロイスにとって、拘束されることはたいしたことではなかった。今まで、スターテンでもフランクライヒでも同じように拘束されたが、生還したのだ。今回だって大丈夫だと考えていた。
しかし、ここはアロイスが思っているような甘い場所ではなかった。グレーザが眼鏡をクイと持ち上げながら、小声でアロイスに説明する。
ビグマはチナ国の一部で、ゲリラが勝手に独立を宣言している武装国家だった。それを聞くと、あの入り口の物々しさには納得である。そして、ここは阿片の最大の産地だった。ビグマは阿片を流すことでチナ国との均衡が保たれている。世界の九割の生産をここが担っていると言うから驚きである。
門を超えると、堂々と阿片の畑が続いている。そこで働く人夫はぼろきれを纏った年寄りの奴隷ばかりだった。彼らを武装した兵士が鞭で叩きながら果汁を採取させている。どこかで見たことのあるような、プランテーションの光景である。阿片の原料は、生えているものから直接採取する必要がある。刈り取ってはならない。その手間が、生産性を低下させ、そしてプレミアムを膨れ上がらせている。
「山岳地帯でもないのに妙に冷涼だ」
通常、阿片の原料である芥子は、山岳地帯などの極めて冷涼な土地で栽培するものである。しかし、この国は山岳地帯ではない。標高が高いわけでもないのに、随分寒い。まだ日は高いというのに肌寒い。
「この土地は神に見放された土地ですからね」
グレーザが言う。彼が言うには、土に栄養がないので芥子以外が育たないらしい。逆に、この土地以外では、芥子はほとんど育たないという。もしこの世界に神がいるのだとしたら、随分傲慢で残酷である。
「馬鹿が、それこそ我々が神に祝福された民族であるという証明だろう」
後ろを歩いていた門兵が言った。
「我々は神の果実を授かったのだ。チナ国なぞ我々の阿片がなければあそこまで大きくなれなかった」
大きな声に、あたりにいた奴隷たちがこちらを哀れむような目で見る。新しい奴隷が連れてこられたと思っているのだろう。
本当にここは異世界だろうか――。
時折そう思う。もしかしたら、ある時点でアロイスがいた世界から分岐した世界なのかもしれない。この世界線では、文明が発達する代わりに魔法が発見されたのだ。それなら納得がゆく。魔法さえなければ、文明の遅れた元の世界とだ。異世界というよりも、過去へのタイムスリップだ。それほどまでに、共通点がある。




