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ことの始まりはほんの少し前――。
アロイスは馬に乗っていた。フランクライヒを追い出されたわけではない――とアロイス自身は思っている。ただ、王に使いを頼まれただけである。暇だったのと、興味深い情報を得たので確かめにゆくところだ。
フランクライヒは先の戦争から、未だ復興のめどが立たないでいる。その原因は王がジャンヌダルクの体を使って大魔法を発動したことだ。あのおかげで戦争には勝利したが、自国にとっても甚大な被害があった。それに加え、非人道的な魔法の発動を見た側近が離れたことや、王自身のメンタルの不調のためであった。
アロイスにとって、フランクライヒがこのまま沈んでくれても問題はなかったが、後ろ盾がなくなるのは少々面倒だ。少しくらい、王の面倒を見てやろうという気持ちで、彼の使いを請け負った。そのときは、この後大変な目に遭うとは思いも寄らなかった。
とにかく、大事な用だと言われたので、アロイスはグレーザを供に連れて国を出た。フランクライヒから東へずっと走ると、スターテンがあり、更にゆくとチナ国がある。チナ国の先には、猫の尻尾のような半島があり、そこがチョーソンという国だ。ここから出ている船に乗ると、ヤーパンという島国がある。元の世界でも、そんなような国があった。行ったことはないが、同盟国だったのを覚えている。小賢しい猿のような集団で、何を考えているのかイマイチわからない人種だった。祖国では、唯一彼らの暗号だけが解読できなかった。後に聞いた話では、鹿児島弁というらしかった。
フランクライヒ領から、スターテン領に入るとき、少し緊張した。後ろを走っているグレーザをチラと盗み見たが、彼はいつもと変わらぬ仏頂面で、緊張しているのかいないのかわからなかった。メガネに光が反射して、その奥の感情が読み取れない。
国境ではスターテンの兵が通行止めをしていた。あの戦争以来、国境付近は物々しい雰囲気である。フランクライヒとスターテンの兵が小競り合いをしているという報告を、嫌と言うほど聞いた。アロイスがそれだけ聞くのだから、王はもっと聞いているのだろう。改めて、自分は王の器ではないなと思った。
もし、スターテン兵に出会ったら、通行手形を見せることになっていた。パスポートのようなものだろうか。フランクライヒ王から持たされたものだが、王族の発行する最上位の手形で、どこの国境も渡れるはずと説明された。本当にそんなものがあったら、元の世界でも便利だろう。おそらく、アロイスは国際指名手配犯だ。どの国も受け入れることはないだろう。
手形を見せると、スターテン兵の顔色が変わった。伺うようにアロイスを上目遣いに見る。
「少々お待ちください……アロイス様」
彼はアロイスの名前を間違えないよう、一語ずつゆっくり発音した。それほどまでに、この手形の効力は強いものなのだろう。兵の幾人かが、銃を持つ手に力を込めているのがわかった。アロイスの悪名を知らない者はいないはずだ。同じくらい、アロイスのことを殺したい者も。それでも、例の手形の効果は絶大で、彼らとの小競り合いをすることもなくそこを通ることができた。
アロイスの背中を見送るスターテン兵は、ずっと憎しみのこもった複雑な表情をしていた。




