55/104
29
戦況はフランクライヒの劣勢だ。この混乱に乗じて逃げ出そうか、とアロイスは考えていた。
「まったく、いつも貴方はピンチですね」
拷問室を開くと、グレーザがファラリスの雄牛を撫でていた。
「少年。良いところに来た」
グレーザは振り返り、眼鏡をクイと持ち上げた。
「町中で連続殺人をした人間がいる。おそらく、敵国のスパイだ。探してきて捕まえて欲しい。まだどこかに隠れているはずだ」
「それより、逃げた方が良いのでは?」
「それでは楽しくない。それに、あの女も許さないだろう」
マリアの顔を思い浮かべる。相変わらず、ムスッとしているが、このところは以前ほどのトゲはなくなったように思える。
「最善は尽くします。それより、この牛のオブジェはなんですか」
グレーザはファラリスの雄牛が気に入ったのか、ずっと撫でている。
「拷問装置だ。入ってみるかね」
「遠慮します。きっと、また僕のような人間では想像も出来ないほど残酷なものなんでしょう」
「冗談だ。これに最初に入れる人間は、もう決めてあるんだ」
「誰ですか?」
アロイスは答えずに、ニヤリと笑った。




