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異世界拷問  作者: よねり
第一章 鋼鉄の処女
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3


 アロイスは、納屋に人が入りきらなくなると、城や城下町を問わず、あちこちで演説を続けた。次第に、アロイスは皆から慕われていった。これは祖国の指導者の模倣だった。確かに、彼こそは本物だった。

 自分は彼になれるだろうか――。

 自分にはかの偉大なる指導者ほどの才能はない、ということはわかっていた。彼らの心をもっと掴むことはできないだろうかと悩みながら、アロイスは城の中を練り歩いた。

「アロイス様、アロイス様はさすがだなあ。みんな、アロイス様を慕っている」

 シドが崇拝するような目でアロイスを見上げた。

「名はなんと言ったか」

「俺ですか? シドです」

 もう、何度彼の名を聞いたか忘れたが、彼はそのたびに嫌な顔一つせずに答えてくれる。祖国に残してきた、補佐の青年を思い出す。彼も純粋な男だった。彼が自分に対して嫌悪感を抱いていたことを、アロイスは知っていた。むしろその方が良い。アロイスは自分に心酔する人間を嫌っていた。彼らはどんなに頑張っても、アロイスフォロワーにしかなれないからだ。

「普段は何をしている」

「農民です。小麦を作っております」

 興味のない様子でアロイスはため息をついた。このところ、接する人間が増えたせいか、人を覚えられない。偉大なる指導者はそういうことも得意だった。

「シド」

 城の廊下を歩いていると、女がシドを呼び止めた。見ると、小柄な女だった。そのせいだろうか、シドよりも幼く見える。髪の毛が陽光を反射してキラキラ光る。ソバカスが似合う少女だ。小柄ではあるが、ほどよく肉がついており、あの肉をたとえばのこぎりでひいてみたらどうだろうかと考えた。久しく拷問をしていない。それも、アロイスの憂鬱の一つだった。

「マリア」

「君の細君かね」

 何気なく言うと、二人は顔を真っ赤にした。

「ま、まさか。ただの幼なじみです」

 シドがまくし立てる。マリアは少しがっかりした顔をして見せた。無垢な子供のようである。

「あなたがアロイスさんですね。お噂はかねがね」

 マリアは丁寧にお辞儀をして見せた。祖国とは作法が違うが、それでも彼女からは気品を感じた。作法は違っても、相手に礼節を尽くしていることは、所作から伝わる。余計に、彼女を傷つけてみたい衝動に駆られる。その高潔な魂からは何が吐き出されるのか興味はあったが、ここで波風を立てるのはよくない。無意識にいやらしい笑みを浮かべていた。それを見て、マリアは引きつった笑みで応えた。

「こんなところで何してるんだよ」

 シドが子供のように口をとがらせた。実際、彼らはアロイスからみたら子供である。少年兵を拷問したこともあったのを思い出した。彼らはなかなか骨があって嫌いではなかった。

「お弁当を忘れたでしょう。持ってきてあげたのに、その態度はなに」

 マリアが差し出したのは、いかにも子供らしい弁当袋だった。手作りなのだろう、工業製品にはない温かみがあった。そして、ワンポイントの刺繍。

「なんだよ、それくらい。今俺は国の将来を左右する……」

 シドの声を遮って、アロイスは弁当袋を取り上げた。驚いて、マリアはそこにはもうないはずの弁当箱を、まだ持ったままのような姿勢で固まった。

「どうしたんですか、アロイスさん」

 シドの声はアロイスの耳には届いていなかった。

 この刺繍、あの記号に似ている。祖国の旗に使われていたあの記号。

 そうだ、わすれていた。

 そして、わかった。

 この国に欠けているものは――。

「これは、君が作ったのかね」

 弁当袋を掴んでグイと差し出すと、マリアは戸惑ったように頷いた。

「マリアはお針子なんです」

「ヴンダーバール!」

「え?」

「素晴らしいと言ったのだよ。ありがとう、君のおかげでこの国は戦争に勝てるぞ」

 アロイスは弁当袋から弁当箱を取り出して投げ捨てると、袋だけ持って駆け出した。

「あの人、不気味ね。それに酷い人」マリアが泥のついた弁当箱を拾い上げる。蓋が外れて、おかずがこぼれてしまっていた。

 マリアがこぼれたおかずを拾おうとすると、シドが横から手を伸ばした。落ちて泥のついたおかずを口に運ぶ。

「シド、汚いわ」

「なあに、これくらい。俺たち百姓は、この土に作物を育てて貰ってるんだ。汚いなんて言ったらバチが当たるよ」

 それを見て、マリアが微笑む。

「やっと笑ってくれた」

 言われて、マリアが顔を赤らめる。

 遠くからランド兵が軍事演習している声が聞こえた。

「戦争なんて……おこらなければいいのに」

「何を言っているんだよ。これは俺たちランド人の誇りをかけた戦いなんだ」

「誇りって何。命よりも大切なこと?」

「そうだ。我々ランド民族の高潔な魂は、個人に宿るのではなく全体に宿るのだ。だからたとえ俺が死んでも、それは民族の糧になる」

「あなたの口から、そんな知性のある言葉が出るとは思わなかった。アロイスさんの受け売りかしら?」

 つい、生意気なことを言ってしまう。言葉を発した後に、マリアは後悔した。

 今度はシドは顔を真っ赤にする番だった。

「そうだよ、悪いか。あのお方は素晴らしい。目が覚めたよ」

 真っ赤な顔で怒ったように言うシドを、マリアはまっすぐに見詰める。

「ねえ、シド」

「なんだい、マリア」

「約束して。あなたは変わらないでいてね」


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