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「このところ、平和だな」
朝食の席でアロイスが言う。王が露骨に嫌そうな顔をした。
「さすがアロイス殿は肝が据わっている。私なんて、毎日恐ろしくて夜も眠れないのに」
道化が震えてみせる。
「スターテンもあれっきり音沙汰はないし、平和ではないか」
「本気で言ってるんですかぁ?」
道化がため息をつく。
「町では、今連続殺人犯が野放しになっているというのに」
「ああ、あれか」
スターテンからの土産が届いてから一ヶ月後、城下町で最初の殺人事件が起こった。道化が恐ろしいと言ったのは、その犯行手口の残忍さである。アロイスにとっては児戯にも等しいが、この世界の人間にとっては、命を弄ぶ行為自体に耐性がないようだ。首を落として、自身のイチモツをくわえさせていたり、死体を切り刻んでいるようだ。
「あんなこと、この国の人間の仕業のわけがない」
「私を疑っているのかね?」
アロイスが睨むと、道化が悲鳴を上げた。
「やめないか、二人とも」
王が口を拭いて、テーブルに肘をついた。
「僕はアロイス殿の仕業とは思っていませんよ。意味もなくあんな真似をするのは、貴方の信念に反している。ただの猿まねでしょう」
王が静かな声で言う。
「さすが王はわかっている。私は……」
アロイスが言葉を継ごうとしたが、王がテーブルを拳で殴って遮る。
「ただ、発端はやはりあなたに送られたスターテンからの土産物のせいでしょう。あれを一般人に見せびらかすべきではなかった」
荷車に乗せられていた肉塊は、一日の間、中央広場に吊された。それは、国に対する背徳行為やスパイへの牽制のためであった。
殺人事件は、その後三ヶ月の間に六件起こった。どれも似たように、死体を弄んだあとがあった。アロイスは王に請われてそれらの検分を行ったが、どれも殺してから死体を辱めているものだとわかった。
「ただのサイコだ」
お前が言うか、という道化の視線を受け流し、アロイスは興味なさそうにそれらを見下した。
「明らかに、あれに触発された人間の仕業だ」
「悪かった。平和な世界に物騒なものを持ち込んだのは私だ」
鼻歌でも歌うようにアロイスが言う。王の機嫌は悪くなる一方だ。道化が二人の顔を交互に見ながら顔を青ざめている。
「私が捕まえてやろう。ちょうど、試したいものがある」
「また拷問か」
王が嫌そうに言う。アロイスは全く気にしなかった。今までも、アロイスの周りの人間は、彼に対してそういう態度だった。今に始まったことではない。
「それに、興味本位でやって良いことではないということをわからせてやる必要がある。私の信念とやらを、たたき込んでやろうではないか」
そう言うと、アロイスは卵の黄身を勢いよく吸い込んだ。ナプキンで口の周りを拭うと、それをテーブルの上に放り投げる。
「早速、今日から事に当たろう。道化、ついてこい」
城下町は凄惨な殺人事件のことなど気にもしていないかのように賑わっていた。露天が並び、ランドやスターテンとは比べものにならないほど人が多い。
「犯人はどうしてあんなことするんでしょうね」
道化がリンゴをかじりながらついてくる。
「やってみたいんだろう。気持ちはわかる。興味のあることはやってみないと気が済まない」
「好奇心は猫をも殺すとも言いますよ」
アロイスは立ち止まる。
「な、なんですか気持ち悪い」
アロイスの視線に、道化は慌てて顔を隠す。
「何でも無い。現場はどこだ」
再び歩き出す。道化は道中何度も道草を食うので、時間がかかってしまった。それでも我慢しているのは、グレーザの言ったことを考えていたからだ。なんとなく、道化を観察してしまっている。
「ここです」
最初の殺害現場は、賑わっている市場から一本道を入っただけの場所だった。店の裏口があり、ゴミやよくわからない何かが積まれている。
「随分、肝の据わった犯人だな」
薄暗い細道で、夜になったら覗き込んでもよく見えないような通りだ。建物に囲まれ、一日中ジメジメしたこの場所は、アロイスの鼻に嗅ぎ慣れた臭いを感じさせる。その割に、ぱっと見血の跡のようなものは見えない。
「随分、綺麗だな」
血の跡が見えない割には、かすかに血の臭いが残っている。アロイスがそこに積んであった木の樽をどけると、血痕が残っていた。
「店の人間が掃除したのでしょう。悪い噂でも立ったら、商売あがったりでしょうから」
アロイスは話を聞いて鼻を鳴らす。
「ふん、犯人はここに連れ込んで殺したあと、死体で遊んでいるわけか。日中でさえこんなに薄暗いのに、夜になったら見えないだろう。どうやって犯人は死体をバラしているんだ」
「光の魔法を使っているのかもしれません」
城の廊下で道化が見せた、魔法の照明を思い出す。しかし、あんなに明るかったら逆に目立ってしまうのではないか。
「ほんの少しだけ明るくするって事も出来ますからね。そういう調整がうまい奴なんでしょう」
アロイスは膝をついて、自分ならどうするか考えた。アロイスのやり方では、どうやっても悲鳴を上げさせて人に見つかってしまう。最初に殺してから解剖するというのは、拷問ではなく、そういう趣向だと考えれば一つのやり方かもしれない。そうだとして、どうしてここでやる必要があるのだろう。
「被害者はどんな人間だった?」
「特別、何かの役職に就いている人間ではなかったようですね。配達業者で、特に親しい人間もいなければ、彼を憎んでいる人間もいなかったようです」
「消えても問題のない人間か」
「なるほど、そういう考え方も出来ますね」
道化が感心したように口笛を吹いた。
「次の現場を見せろ」
「え、もうここは良いんですか」
道化が驚いて見せると、アロイスは「もうここには興味がない」と言って大通りへ歩き始めた。
次の殺害現場は空き家の倉庫の中だった。凄惨な事件の現場としてはスタンダードである。壁や地面の血の跡はそのまま遺されていて、むせかえるような古い血と油の酸化した臭いがした。
「ここは掃除するものはいなかったのか」
「空き家ですからねえ」
道化は鼻をつまんでいたので、声がくぐもっていた。
「二番目の被害者はここに住み着いていた流れ者のようですね。この国の人間ではなかったようで、その素性はだれもわかりません。時折盗みを働いたりして生活していたようです」
最初の被害者は、単純に腹を割かれていた程度だが、二番目の被害者は明確に悪意を持って弄ばれていた。首を切ってイチモツをくわえさせられていたのが、この二番目の被害者だ。
「犯人の心情がまるでわからん」
「貴方がわからないなら、私のような凡人にはもっとわかりませんよ」
アロイスにジロリと睨まれ、道化は外方を向く。
「次に行こう」
「ええっ、もう良いんですか」
アロイスはため息をつく。
「私はポアロでもホームズでもないんだ。現場を詳しく見たところで、犯人なんてわからん」
道化は大袈裟に驚いて見せる。その様子にはもううんざりしていた。
「じゃあ、どうして現場を見せろなんて」
「見ないよりはマシだろう?」
何を言っているのだ、と言わんばかりにため息をつく。
「なるほどね」
道化はそれ以上反論はしなかった。




