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「貴方の言ったとおりですね」
王がアロイスの横に立つ。
フランクライヒは魔術に長けていたが、学術にも長けていた。スターテンではモルヒネを作るのに小さな研究所で数名の神官だけでやっていたが、この国ではモルヒネを量産するための工場が用意された。作業をするのも、有機化学や薬学を専門にした人間ばかりである。
「この世界に、学問などないと思っていた」
王は笑った。
「初めて見た国が田舎くさいランドとスターテンでは、そう思われるのも不思議ではないでしょう」
今、アロイスは生産工程を見ていた。モルヒネの精製については、初めはうまく行かなかったが、大まかな方法とサンプルがあったので、優秀な彼らは成功することが出来た。
「貴方の言ったとおり、スターテンはあれから攻めてこない。どうも、国にこもって焦っているようです」
スターテンが苦肉の策で攻めてきたのはわかっていた。その侵攻が失敗すれば国力が危機的状況になることも。
「攻め入るなら好機だろうな」
王がニヤリとする。
「それではつまらない。それに……」
「それに?」
珍しく王が言いよどんだ。
「それに、あの女王が何の策もなく国にこもるとは思えないのです」
喪服の女を思い出す。それだけで腹が立つ。
「あの女、そんなに大物なのか」
「僕が知る限りでは、あの女よりも切れる女はいないでしょう」
王の表情を見るに、冗談ではないようだ。
「確かにあの状況で攻勢に出る決断が出来たのは悪くない。こちらにも、少なからずダメージはあったようだしな」
事実、フランクライヒの損害は小さくはなかった。破壊された外壁や建物を修繕するのにかなりのリソースを割いている。
「まず一手、だな」
王が頷く。
「ところで、拷問器具の製作を始めたと聞きました。順調ですか? なにか必要なものがあったら、遠慮なくいってください」
王が咳払いする。わざとらしく話題を変えようとするのがわかった。
「そうだ。器具がないと始まらない。何もなければないで、出来ないことはない。しかしそれでは美しくない。やるなら、美しくあらねばならないからな」
アイゼルネ・ユングフラウの設計図は頭に入っていた。そのほかに、新しい拷問具のことも考えてある。
新しい拷問器具のコンセプトを伝えたときの反応は、アイゼルネ・ユングフラウの時と同じだった。見たことのない彼らには、全く想像することが出来ないのだろう。
ブレーゼン・ブル――ファラリスの雄牛だ。この世の絶望を練り固めたようなその拷問は、アロイスのお気に入りの一つだった。
「それが我が国にとって有益であることを願うばかりです」
王はアロイスに微笑んだ。
工場を出ると、アロイスは王と別れて城の中を散策した。彼にとって、城など興味はなかったが、あの王には興味があった。彼がどんなところに住んでいるのか見てみたいという気持ちがある。
だが、すぐに迷子になってしまった。いくつめかの中庭にたどり着いたとき、水の音がした。
それはちょっとした滝のようだった。そういうオブジェのはずだ。
その下に、金髪の女が裸で体を洗っていた。
「寒くないのか」
アロイスが声をかけると、赤い顔でジャンヌダルクがニヤリと顔を歪ませた。
声をかけたことが失敗だったと思ったのは、声をかけた直後だった。見て見ぬふりをしてやり過ごすべきだった。
彼女の体は、生々しい傷だらけだった。それも、最近出来た傷である。まだ赤々とした蚯蚓腫れも目につく。
「勇者のくせに何をしているのだ」
ジャンヌは体を抱きしめたまま、腰をくねらせた。融けるような吐息を投げかけると、誘うように手を差し出した。
「あいにく、そういう趣味はないのだ」
「どうして? 拷問をするのが好きなはず」
「貴様は、そうしてほしいのだろう?」
「ええ、そうよ」
「それでは、拷問にならない。ただの遊びだ。私は遊びはしないのだ」
「どう違うのかしら」
「貴様にはわからんさ」
アロイスが立ち去ろうとすると、ジャンヌは裸のまま滝から出てきた。一糸纏わぬ裸体は、露に光り、無駄な肉の一切ない鍛えられた肉体は美しかった。ジャンヌがアロイスの股間をまさぐる。ほんの少しも反応しない彼を見て、ジャンヌは不思議そうな顔をした。
「貴様のような嗜好の女はいやというほど見てきた。悪いが他を当たってくれ」
ジャンヌは何も答えなかった。アロイスも足早に中庭を離れた。




