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アロイスが捕虜達を解放した次の日の早朝、スターテンからの特使がフランクライヒにやってきた。
そのことを報告にやってきた道化は、アロイスが牢の硬い寝台で熟睡しているのを見て驚いた。
「よくこんなときに眠っていられますね」
報告に来た道化も寝間着姿だったことに、アロイスは特段何も言わなかった。
「あれからどれくらい経った? ――一晩か、よく保った方ではないか。特使に褒美の飴玉でも持たせてやれ」
「まだ何も言ってないのに、よく内容がわかりますね」
「当たり前だ。一体どれだけこの仕事をしていると思っている。私が贈り物をして、音を上げなかったことなど一度もない」
アロイスが大あくびをしながら起き上がる。久しぶりに、よく眠れた。やはり拷問は良い。
「王がお待ちです」
道化が牢の扉を開ける。
「出すなら戻さなければ良いものを」
「そうは行きませんよ」
この世界に召喚されてから、なんだか体が軽く感じでいた。元の世界では老体扱いされていたのに、こちらの世界ではまるで若者に戻ったように動きが軽い。重力が違うのだろうか。そうなると、重力加速度も違うから、機械の設計値もかえてゆかねばらならない――などと考えながら歩いていたせいだろうか、前に人が立っているのを認識するのが遅れた。認識能力はやはり老体のままである。
「おや、無事だったか」
マリアだった。いつも通り、覚めた目をしてアロイスを見る。
「貴方という人は、どこへ行っても人を痛めつけることばかりしか考えていないのね」
アロイスは突然、はじけたように笑い出した。道化もマリアも驚いて、笑い転げているアロイスを見下ろす。
しばらく笑ったあと、腹筋が引きつるような痛みを覚えながら体を起こす。口の端からよだれが垂れていた。
「この私をこんなに笑わせられるのは、この世界では君だけだろう。この国に来てから楽しい気分だな」
アロイスがマリアに向き直る。
「そうだとも。君が食事をし、用を足し、男とまぐわうように、私にとっては拷問こそが生きる活力なのだ。わかるかね、私の血液の一滴一滴は、世の中の人間に救いを与えるために、私の体を流れているのだ」
「救い?」
マリアが露骨に嫌な顔をする。
「そうだ。私はなにも、人が憎くてやっているのではない。彼らの中に流れる汚れた血を浄化してやっているのだ。そうすることで、極楽浄土へゆけて、次こそはゲルマン民族として生まれ変わることが出来る」
「言っていることがわからないわ」
「わからなくたって良い」
アロイスは口元をグイと拭うと、マリアの肩をぽんと叩いた。
「王の間はどこだ」
足早に彼らは歩いて行く。
その場に残されたマリアは、アロイスに触れられた場所をハンカチで何度も、何度もこすり続けた。
こすりすぎて皮膚が破れて出血してもやめなかった。
偶然通りかかったメイドに止められるまでずっと。




