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「あの拷問室だけでも持って来られれば……そんな魔法はないのかね」
アロイスが道化に嘆く。彼らの横では、魔術師が顔を青くしていた。
「ところで、彼の指はまだ繋がらないのかね」
再び、スターテンの甲冑を着た兵士を拷問にかけていた。台に縛り付けたスターテンの兵士の指を詰め、それを魔法でくっつけたあとにもう一度切り取るという方法を試していた。回数を増すほど、つきにくくなるのがわかった。魔法というのは、常識を凌駕したものばかりではないらしい。目の前にいる魔術師が施しているのは、自然治癒力を促進しているだけのようだ。それだけでも素晴らしいものではあるが、モルヒネを打ったら人を生き返らせることも出来るようになるのではないかと思った。
「も、もう限界です」
魔術師が兵士に向かって吐瀉した。そのままその場に倒れ込む。
「戦場ではもっとひどい状態の兵士も治療するのだろう?」
自分が衛生兵だった頃のことを思い出す。体の半分が吹き飛んでも、まだ生きているものを見たことがある。
「アロイス様。だからといって、それとこれとは話が違います」
道化がハンカチで鼻と口を押さえたまま兵士を指さす。
「どちらにも違いはあるまい。ただの叫ぶ肉だ」
肉屋から持ってきたミンチ器の中に、兵士の指を入れた。自分の指が挽肉にされてゆくのを、彼はどんな気持ちで見ているのだろうと道化は背筋を寒くした。
「これでも食べて元気を出したまえ」
指の挽肉を魔術師の口元に持って行く。魔術師は狂ったように叫び声を上げながら逃げていった。
「もったいない。せっかく君が体を賭して提供してくれた食べ物なのにな。さあ、君が食べると良い。いやいや遠慮はするな。君の体なのだから」
無理矢理肉を口に押し込む。鼻と口を押さえて飲み込ませると、突然兵士は笑い出した。鼻水を垂らしながら笑い続ける彼を見下ろして、アロイスはため息をつく。
「こんな場所では満足に拷問にかけることも出来ん。アイゼルネ・ユングフラウはどこだ? ナッツクラッカーは? 指潰し器は?」
まるで舞台の上のように、アロイスは両手を広げて声を張り上げた。彼の嗄れた声が、まるで死に神の甲高い笑い声のようだ。
アロイスは頭を抱えた。
「煮えた油を持って来い」
道化に命じる。
「まだやるっていうんですかい?」
「ええい、貴様は言われたとおりにすれば良いのだ」
アロイスが地団駄を踏む。
道化が油の準備をするために調理場へ行っている間も、縛り付けられた兵士は笑い続けていた。笑いすぎて、声がかれている。空気が漏れるような音しか出なくなっても、まだ彼は笑っていた。
兵士の顔に濡れタオルを掛ける。その上から、少しずつ水をかけた。タオルは鼻と口に張り付いて、息をしようとしても空気が入らない。地上で溺れるというわけである。
耳障りな笑い声は消えたが、彼を殺してしまっては楽しみが減ってしまう。少しずつ呼吸をする暇を与えながら、窒息させ続けた。
道化が油を用意した。アロイスはそれをやかんの中に入れ、縛り付けてある捕虜達の眼球を焼いていった。
「暴れるなよ。目玉以外も使い物にならなくなるぞ。命は助けてやるのだ、感謝してほしいものだ」
煮えた油に焼かれた眼球は白濁し、彼らの視界を奪う。
「見えない……なにも見えない……」
農耕道具のように、雑に台車に積まれた捕虜達。最後に一人だけ残した五体満足の捕虜にそれを自陣まで持って行かせた。
「絶対に……貴様を許さない……」
台車を押す手を震わせながら、捕虜が声を絞り出した。
「そうだ。許すな。憎め。それが戦争の火種となり、永遠に消えない炎となるのだ」
アロイスが捕虜の背中を見送った。
「さて、彼らはこのプレゼントをどう感じてくれるだろうか。あのメスも少しは私の怒りを感じ取ってくれるだろうか」




