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異世界拷問  作者: よねり
第二章 ファラリスの雄牛
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10


「そういえば、あの女はどこへ行ったかな」

 捕虜の指を一関節分ずつ刻みながら、アロイスが言った。捕虜の指がソーセージのように、一口大に刻まれてゆく。この方法はコストパフォーマンスが良い。関節部は切り取りやすく、片手に指関節は十四個ある。つまり、両手で二十八回、両足も含めればもっと苦痛を与えられるのだ。ただ、すべての関節がなくなるまで堪えられた人間を、アロイスは一人も見たことがない。事実、先程から悲鳴を上げなくなった捕虜は、すでに死んでいた。それでもお構いなしに刻み続ける。

 道化が口と鼻をハンカチで押さえながら聞き返す。

「あの女?」

「マリアだよ」

 別の捕虜が「殺してくれ」とうめく。彼は首輪に串の様なものが固定されており、頭が押さえつけられることで、ゆっくりと顎を貫通し、串の先端が上顎に達しようとしていた。

「あの子なら、丁重にお迎えしましたよ。我々にとって用があるのは貴方だけですから」

「それなら、私もあんな豚小屋ではなく、スイートルームに案内して貰いたかった」

 語尾に合わせて、また別の捕虜の皮を剥ぐ。皮を剥がれた捕虜はまだ生きてはいたが意識はなかった。それでもアロイスはお構いなしだった。口から泡を吹いて白目を剝いている。痙攣しているので、まだ生きてはいるようだ。

「よし、薬を打ってみよう」

 最後の捕虜には、スターテンで精製したモルヒネを打った。彼はこれから自分が何をされるのかわからずに、尿を漏らしていた。

「君、ここがどこかわかるかね」

 意識が飛ばない程度に調整して投与したつもりだった。捕虜は何か口の中で言葉を吐き出している。

「うむ、多く打ち過ぎ……」

 アロイスが目を離したとき、突然捕虜の指先から巨大な炎が出現した。

「うわっ」

 道化が尻餅をつく。尻ポケットに入っていたラッパがぷうと音を立てた。慌てて二人とも部屋を飛び出す。

「なんだこれは」

 幸い、石造りの部屋だったので燃えるものはなかったが、窓のない部屋だったので、慌てて部屋を出なかったら窒息するところだった。実際、炎を出していた捕虜は一酸化炭素中毒で死んでいた。炎の出力が大きすぎて、酸素をすべて燃やし尽くしてしまったのだ。

「自殺か?」

 捕虜の体は焦げ、特に手は触ったら崩れるほど真っ黒に焦げていた。口からは吐瀉物が吹き出している。

「あんな巨大な炎を操るような魔法使いではなかったはずなんですけどね」

「たしかに、あんな魔法が使えるならもっと早く使っていただろうな」

 チラ、とモルヒネの注射器を見る。

「これか?」

 ポケットのモルヒネを手に取り、道化を見る。

「いやいや、やめてくださいよ。私はまだ死にたくない」

 慌てて道化が部屋から走り出てゆく。扉の隙間から彼の琥珀色の瞳がのぞく。

「わかった。じゃあ、捕虜をもう一人連れてきてくれ。実験してみよう」

「もうみんな死んじゃいましたけど」

「じゃあ、新しく捕らえてくれば良いだろう」

 その後、数人の捕虜にモルヒネを打った結果、モルヒネは魔力を増大させる効果があることがわかった。それは、すべての人間に効果があるではなく、効果のないものもいれば、たまにモルヒネを打ったことによって魔力を失う人間もいた。

「魔力の源とはなんなのだろうな。普段、セーブしている力を引き出しているのだろうか。脳のタガが外れているのか」

 実験では、相性の良い人間がモルヒネを打って魔法を使うと、コントロール出来ずに絶命するまで強大な魔法を使い続けることがわかった。つまり、魔法とは命を燃やしているものだと推測できる。

「外にいる連中に打ってみよう。戦力が増すだろう」

 アロイスが残りのモルヒネを持って出て行こうとする。

「え、それって、仲間を生け贄にするって事ですか?」

「戦に勝てれば、彼らとて本望だろう?」

「いやいや、そんな残酷なこと出来ませんよ」

「何が残酷か。我が祖国では、メタンフェタミンを配って無敵の兵隊を作っていたぞ」

「無敵の兵隊?」

 入り口から王が顔をのぞかせた。

「それは興味がありますね。しかし、一体どうしたことですかこれは」

 さすがの王も顔をしかめた。血の臭いと、そこら中焦げた臭いとが合わさって、なんともいえない悪臭になっている。アロイスは慣れていたが、普通の人間には堪えられないだろう。なぜ、道化が堪えられているのか不思議である。

「この世界の人間に、この薬を与えると魔力がアップするらしい。こんな、木っ端兵士ですら、部屋を焦がすほどの魔法を使えるようになったのだぞ」

 消し炭になった死体が倒れた。

「それは強烈な……」

 王がモルヒネの注射器を手に取り、光にかざす。

「これはなんですか」

「これはモルヒネという麻酔だ。外科手術の時に使う」

 嘘ではない。アロイスはそれ以外の用途で使うことが多いと言うだけであって、モルヒネの用途としては、説明したとおりのことが一般的である。

「いま、少し押されていましてね。アロイス殿は知らないでしょうが、フランクライヒというのは武力よりも学術に秀でた国なのです。スターテンに魔法力がないぶん、魔法力では上回っている。とはいえ、やはり多勢に無勢。魔法力が増大するなら、勝機が見える。我々フランクライヒは、その教徒はすべて家族と考えています。家族を守るためなら、命を投げ出すことすら厭わないでしょう」

 アロイスがモルヒネの入ったケースを王に差し出す。王が受け取ろうとすると、それを引いた。

「僕も鬼ではない。ただとは言いません」

「当然だ。私の自由と、地位を約束しろ」

「地位? この国の王にでもなりたいですか?」

 王が無邪気に笑う。アロイスは苦々しい顔を向けた。

「もう王は勘弁だな。私は好きなだけ拷問をしていたいだけだ」

「拷問? 捕虜をいたぶって遊ぶことですか?」

「これが遊びと思うなら」

 しばし、アロイスと王がにらみ合う。道化が二人の間で爪を噛んでいた。

 先に折れたのは王だった。

「良いでしょう」

 王が手を差し出す。アロイスは無言で彼の手にケースを載せた。王はそれを見下ろし、考えるように黙っていた。何か言いたげに道化を見たが、結局彼は何も言わずにケースを持った手を下ろす。王は部屋から出る前に、一度アロイスを振り返った。

「道化。アロイス殿を補佐してあげてください」

 王が足早に去って行く。

「副作用のこと、言わなくて良かったんですか?」

「副作用のことなら、王はわかっていたよ」

 アロイスは笑った。邪悪な心は、アロイスの方が上だったようだ。

 戦争は、それからすぐにフランクライヒの優勢となった。モルヒネを与えられた魔術師達が、彼らの信仰する神のために、命を削ってスターテン兵を殺戮したのだ。


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