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異世界拷問  作者: よねり
第二章 ファラリスの雄牛
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7




「それで、これからどうするつもりです?」

 一行は日暮れ前にキャンプを張った。キャンプと言っても、簡易なテントが一つだけである。やけに荷物が多いと思っていたが、道化がテントを持ち歩いていた。彼曰く、放浪生活が長いかららしい。

 馬が二頭、木にくくりつけられている。三頭ではないのは、マリアが馬に乗れなかったからだ。彼女を背に乗せるのはごめんだったが、運の良いことに道化がその役を買って出てくれた。

「さあな。当てはない」

 アロイスは枯れ枝を折って火の中に投げ入れた。夜は肌寒い。城の中にこもっていてわからなかったが、外は徐々に夏に別れを告げているようだ。この世界にも変わらず季節があるのだ。

「フランクライヒへ行ってみるのはどうです?」

 道化が言う。

「フランクライヒだと?」

 ジャンヌダルクのことを思い出す。忌々しい、フランス人め。

 枝を折る手に力が入る。折れた枝が鋭く尖る。良い道具になりそうだ。

「なぜだ?」

「私はね、元々フランクライヒの出身なんです」

 道化が胸を張った。

「あの国は美しい。美しさで言えば世界一だ。それに、慈悲深い」

 道化は指を立ててそう言うと、一人一人の瞳をのぞくように視線を移していった。

「それはどういう類いの慈悲だね」

「あの国は……」

「フランクライヒは度を超えた宗教国よ」

 マリアが道化を遮って言う。

「親愛なる我らがマリア姫は、間違って口を縫い合わされたのかと思っていたぞ。声が出せてほっとした」

 アロイスが軽口を叩くと、マリアが彼を睨めつける。アロイスは口を曲げて肩をすくめながら「なるほど、宗教か」と呟いた。

 顎を撫でると、無精髭の伸びている感触がした。

 実のところ、アロイスは宗教というものが苦手だった。たしかに、祖国では正宗派キリストポジティヴ・クリステントゥームとして活動していたが、いかな自身の力を信じるアロイスといえど、教えに背くことは難しい。そして、異教徒を迫害する気持ちもわかる。たちが悪いのは、善いことも悪いこともすべて神のせいにしてしまえることだ。どんな悪行も、神の名の下ならば許される。つまり、民族浄化の言い訳にすらなり得るのだ。

「面白い」

「さすがアロイス様。面白いですか」

「ああ、面白いね。スターテンよりも」

「フランクライヒに比べたら、スターテンはまだまともだと思うわ。もう一度言うけれど、彼らは度を超えた宗教国家なの。私の言っていることわかる?」

 マリアがまるで人体の解剖中に、間違って腸に穴を開けてしまったときのような顔をした。つまりとてつもなく嫌な顔だ。

「何か気に食わないことがあるようだな」

「特別、といえばそうなのでしょうね。彼らは狂っている」

 マリアはそれ以上答えない。

「まあいい。それより、火薬というものを知っているか?」

 アロイスが全員を見回す。

「それは……異世界の技術ですね?」

 道化が続ける。

「たしか、急激な熱変化を起こす物質のことでしょう。どこかの国がそれを作ったという噂を聞きました」

「この世界にもまともな頭を持った人間がいたのだな」

「いえ、それを作ったのも貴方と同じ勇者だと聞きました」

「ふん、また勇者か」

 『勇者』という言葉には嫌悪感さえ覚える。一体、この世界のモラルはどうなっているのか。なぜ、自国民だけで戦わないのか。誇りはないのか。

「調べておきますよ。フランクライヒに戻れば何か手がかりがあるかもしれない」

「フランクライヒへ行く口実が出来たな」

 アロイスがニヤリと笑う。マリアはただ、たき火を見詰めていた。たき火がパチンと音を立ててはじけた。

 道化がボールを空へ向かって放り投げた。放り投げたボールは二つになって落ちてきて、彼はそれをジャグリングし始めた。見ている間に二つから三つ、三つから四つになった。

「ずいぶん器用なのだな」

「生きていくためには、何か芸がないとね」

「貴殿は、どうしてフランクライヒを飛び出したのだ?」

 道化は困ったように笑った。

「そうですね。広い世界を見てみたかったからかな」

 ひときわ大きく投げる。真上に投げられたはずのボールは一つも落ちてこなかった。

「そんなのわからない。どうして、男の子はみんな、外の世界に興味を持つのかしら」

 マリアが呟く。誰かに問うているわけではなかった。

 道化が困ったような顔をマリアに向けた。

「シドも……彼もそう。貴方のような詐欺師に騙されて」

 アロイスは鼻を鳴らしただけで、何も言わない。

「私は……国にいたかった。愛する人がいればそれでよかったのに」

 道化が高い鼻の根元を押さえて天を仰いだ。

「女の子はすぐにこれだ。自ら世界を狭めている。自分たちだけで完結する世界。美しいね」

 道化は立ち上がると、どこから取り出したのかフルートを奏で始めた。それは陽気な音楽であったが、ここにいるメンバは踊りを楽しむような性格ではない。道化が一人で演奏して一人で踊っていた。

「お、やるね」

 道化の声にアロイスが顔を上げると、驚くべき事にマリアが踊っていた。

「この曲、彼とよく踊っていたの」

 懐かしいような悲しいような顔で、マリアが踊る。

 彼女の頬を、涙が伝った。


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