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「それで、これからどうするつもりです?」
一行は日暮れ前にキャンプを張った。キャンプと言っても、簡易なテントが一つだけである。やけに荷物が多いと思っていたが、道化がテントを持ち歩いていた。彼曰く、放浪生活が長いかららしい。
馬が二頭、木にくくりつけられている。三頭ではないのは、マリアが馬に乗れなかったからだ。彼女を背に乗せるのはごめんだったが、運の良いことに道化がその役を買って出てくれた。
「さあな。当てはない」
アロイスは枯れ枝を折って火の中に投げ入れた。夜は肌寒い。城の中にこもっていてわからなかったが、外は徐々に夏に別れを告げているようだ。この世界にも変わらず季節があるのだ。
「フランクライヒへ行ってみるのはどうです?」
道化が言う。
「フランクライヒだと?」
ジャンヌダルクのことを思い出す。忌々しい、フランス人め。
枝を折る手に力が入る。折れた枝が鋭く尖る。良い道具になりそうだ。
「なぜだ?」
「私はね、元々フランクライヒの出身なんです」
道化が胸を張った。
「あの国は美しい。美しさで言えば世界一だ。それに、慈悲深い」
道化は指を立ててそう言うと、一人一人の瞳をのぞくように視線を移していった。
「それはどういう類いの慈悲だね」
「あの国は……」
「フランクライヒは度を超えた宗教国よ」
マリアが道化を遮って言う。
「親愛なる我らがマリア姫は、間違って口を縫い合わされたのかと思っていたぞ。声が出せてほっとした」
アロイスが軽口を叩くと、マリアが彼を睨めつける。アロイスは口を曲げて肩をすくめながら「なるほど、宗教か」と呟いた。
顎を撫でると、無精髭の伸びている感触がした。
実のところ、アロイスは宗教というものが苦手だった。たしかに、祖国では正宗派キリスト教として活動していたが、いかな自身の力を信じるアロイスといえど、教えに背くことは難しい。そして、異教徒を迫害する気持ちもわかる。たちが悪いのは、善いことも悪いこともすべて神のせいにしてしまえることだ。どんな悪行も、神の名の下ならば許される。つまり、民族浄化の言い訳にすらなり得るのだ。
「面白い」
「さすがアロイス様。面白いですか」
「ああ、面白いね。スターテンよりも」
「フランクライヒに比べたら、スターテンはまだまともだと思うわ。もう一度言うけれど、彼らは度を超えた宗教国家なの。私の言っていることわかる?」
マリアがまるで人体の解剖中に、間違って腸に穴を開けてしまったときのような顔をした。つまりとてつもなく嫌な顔だ。
「何か気に食わないことがあるようだな」
「特別、といえばそうなのでしょうね。彼らは狂っている」
マリアはそれ以上答えない。
「まあいい。それより、火薬というものを知っているか?」
アロイスが全員を見回す。
「それは……異世界の技術ですね?」
道化が続ける。
「たしか、急激な熱変化を起こす物質のことでしょう。どこかの国がそれを作ったという噂を聞きました」
「この世界にもまともな頭を持った人間がいたのだな」
「いえ、それを作ったのも貴方と同じ勇者だと聞きました」
「ふん、また勇者か」
『勇者』という言葉には嫌悪感さえ覚える。一体、この世界のモラルはどうなっているのか。なぜ、自国民だけで戦わないのか。誇りはないのか。
「調べておきますよ。フランクライヒに戻れば何か手がかりがあるかもしれない」
「フランクライヒへ行く口実が出来たな」
アロイスがニヤリと笑う。マリアはただ、たき火を見詰めていた。たき火がパチンと音を立ててはじけた。
道化がボールを空へ向かって放り投げた。放り投げたボールは二つになって落ちてきて、彼はそれをジャグリングし始めた。見ている間に二つから三つ、三つから四つになった。
「ずいぶん器用なのだな」
「生きていくためには、何か芸がないとね」
「貴殿は、どうしてフランクライヒを飛び出したのだ?」
道化は困ったように笑った。
「そうですね。広い世界を見てみたかったからかな」
ひときわ大きく投げる。真上に投げられたはずのボールは一つも落ちてこなかった。
「そんなのわからない。どうして、男の子はみんな、外の世界に興味を持つのかしら」
マリアが呟く。誰かに問うているわけではなかった。
道化が困ったような顔をマリアに向けた。
「シドも……彼もそう。貴方のような詐欺師に騙されて」
アロイスは鼻を鳴らしただけで、何も言わない。
「私は……国にいたかった。愛する人がいればそれでよかったのに」
道化が高い鼻の根元を押さえて天を仰いだ。
「女の子はすぐにこれだ。自ら世界を狭めている。自分たちだけで完結する世界。美しいね」
道化は立ち上がると、どこから取り出したのかフルートを奏で始めた。それは陽気な音楽であったが、ここにいるメンバは踊りを楽しむような性格ではない。道化が一人で演奏して一人で踊っていた。
「お、やるね」
道化の声にアロイスが顔を上げると、驚くべき事にマリアが踊っていた。
「この曲、彼とよく踊っていたの」
懐かしいような悲しいような顔で、マリアが踊る。
彼女の頬を、涙が伝った。




