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異世界拷問  作者: よねり
第一章 鋼鉄の処女
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「今頃、向こうは大慌てだな」

 アロイスはスターテンに来ていた。警備の手薄になったスターテンに潜りこむことなど、容易だった。ランドにはスターテンの甲冑もいくつかあった。旗も針子に作らせた。今日という日に、まさか偽物が入り込むことなど想定もしていなかったろう。いや、想定していたとしても、だからといって何も出来はしないと考えているだろう。頭に血の上った脳筋は、ランドという小国を侮っていた。力で押せばすぐに崩れると。それは正解である。

 しかし、彼らは傲慢が過ぎる。だからこそ失念しているのだ。アロイスという可能性を。

「爆薬でもあれば、もっと簡単だったろうが」

 アロイスは、事前に城の柱をいくつか壊しておいた。スターテンが怒りにまかせて城を壊して回るだろうと計算し、あと一押しすれば城ごと崩れて彼らを生き埋めに出来るように計画していたのだ。

 その計算はグレーザが担当した。彼は元々建築の才があり、構造計算を得意としていた。さらに諜報部として、城のどこがウイークポイントであるのかと言うことは把握していたのだ。彼は今頃、抜け道から国の外へ脱出していることだろう。当初は切り捨てるつもりだったが、それにはもったいないほど彼は頭が良かった。

「俺たち、こんなところにいて良いんですかね」

 非常態勢の町中を歩きながら、シドが言う。

「何を今更。もう、ランドという国は滅びている頃だろうな」

 アロイスが事もなげに言い放った。

 シドは驚いて彼を振り返る。

「なんですって? 貴方は、ランドの民を守ると……」

「ああ、ランドの民の威厳は守る。この戦争には必ず勝つさ。そうすれば、彼らの魂は永劫の安寧を得るだろう」

「そんな……じゃあ、マリアは」

「マリア? さあ、誰だったかな」

 アロイスが首を傾げる。シドは体温が急上昇するのを感じた。発作的にアロイスにつかみかかろうとしたが、その前に、アロイスを守る兵に食い止められた。それでも、まるで子を喰われた親猫のように、歯をむき出してアロイスを責め立てる。

「なんて人だ。貴方についてくれば国を守ると、マリアを助けることが出来ると聞いたから協力したのに」

「マリアというのが誰だか知らんが、君の情婦ひとりを守る約束などした覚えはない」

 それを聞いて、余計シドは暴れた。

「そんなにその女が大事なら、今から戻れば良い。まだ助かるかもしれんぞ」

 アロイスはため息交じりに言った。「だが、国などまた興せば良いのだ。ちょうど良い入れ物はこれから手に入る。女など、腐るほどいるだろう」

 言い終わる前に、シドは兵の手を振り払った。また飛びかかってくるかと思ったが、彼はこの場から逃げ出した。

「追いますか?」

 兵の言葉にアロイスは「放っておけ」と吐き捨てた。

 町には人の気配が感じられず、ひっそりとしていた。ランドとは比べものにならないほどの大国であるのに、まるで亡国のようだ。閉ざされた家々の隙間から、こちらを伺う視線を感じていた。

 アロイスたちは城へ向かった。

 城門まではすぐだった。城の周りは堀があり、正攻法でこの城を落とすのは難しそうだ。

 橋を通り、門番の前へ行くとアロイスが声を張った。

「ご報告申し上げたき事がございます」

「なんだ。今頃、みな攻め入っている頃だろう?」

「すでにランドは陥落しました」

「本当か? それならば、なぜ貴様らだけ戻ってきた」

「戦況の速報を直接、王に申し上げたく」

 城の門番は少し悩んだ顔をした。

「まあ、聞くまでもなかったな。通れ、王はその報告をお待ちだ」

 アロイスたちは、果たして何の障害もなく王に謁見を許された。笑えるほどに順調だった。

「よく戻った。して、どうだ」

 ランドの王よりもずっと年を召していそうな、体格の良い王だった。しかしランドに比べて、声に張りがあり、なにより威厳がある。この世界に来て初めて見た人間が、あの王冠を戴いた乞食ではなく彼だったなら、アロイスはこの世界は異世界で、彼はその王だと思ったかもしれない。

 アロイスは王の前に膝を折り、頭を垂れた。ランドの王よりも知性はあるように見えるが、平時ならアロイスたちの正体もすぐに見破られただろう。しかし今の彼は攻め込んでいる兵士と同様頭に血が上りすぎているようだ。少しもアロイスを不審がる様子はなかった。

「……だ」

「なんだ? 聞こえぬ。もっとちこうよれ」

 アロイスは立ち上がって、玉座へ続く階段を上り王に近寄る。

「貴様……」

 近くまで来てようやく、不穏な雰囲気に気付いたが、時すでに遅し。

「私の勝ちだ」

 アロイスは隠し持っていた短剣で、ためらわず王の首を掻いた。

 王の首筋から、鮮血がほとばしる。部屋にいた誰もが、その光景に何が起こっているのかわからなかった。

 アロイスが王を蹴落とした。王の遺体は重そうな音を立てながら転がってゆく。

「諸君、私はランド国の偉大なる指導者である」

 王の返り血を浴びたアロイスが、剣を掲げる。その段になっても、誰も動こうとしなかった。

「諸君の王は倒れた。そして、優秀な兵士諸君も、今頃はランドという国とともに眠りについていることだろう」

 アロイスのスピーチが終わる頃、ようやくその場にいた誰もが、負けを自覚し悲鳴を上げた。

「見ているか? ランド王よ。貴様の言う一個小隊で国を圧倒できたぞ。満足だろう。安らかに死んでゆけ」

 アロイスが大声で笑った。


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