19
スパイ二人の亡骸が、町の中央に晒された。人々はそれを見ておののいた。
「民よ、今隣にいる愛するものを見るが良い。その人が、こんな姿にされても良いのか。戦争とはこういうことだ。他人事ではないのだ」
アロイスは終日、民を煽り続けた。恐れる民は家に閉じこもり、怒れる民は決起を唱えた。どちらにせよ、町中が敵国への敵愾心は最高潮に達していた。
持てるものは武器を、持たざる者は農具を、包丁を、ナイフを、フォークを持ち城へ詰めかけた。
「何をしている。外は酷い騒ぎだぞ」
アロイスが城に戻ると、王の怒号がそれを迎えた。見ると、腐り落ちたトマトのような顔色で、王が口から泡を吹いてわめいていた。
「スパイを拷問して、結果を民に見せつけたのだ」
「そんな必要がどこにある」
「まだ、他にスパイがいるかもしれない。彼らへの警告は不可欠だ」
「そんなことはどうでも良い。早く亡骸を回収してこい。スターテンの感情を逆なでするようなことはあってはならん」
王が脂汗を滲ませる。
「おや、敵国にそんな気遣いをなさるなど、どういった風の吹き回しか。何か、密約でも?」
王の脂汗が止まらない。
「とにかく、こんな残酷なことは直ちにやめさせろ。王としての命令だ」
「心配には及ばん。すでに回収してスターテン国へ出荷した」
「出荷だと……?」
王の眼球がこぼれ落ちるほど大きく見開かれる。彼は驚きのあまり鼻水を吹き出した。
「では、これより王のお好みである戦の準備があるのでこれにて」
「ま、まて貴様……」
王がまだなにかわめいていたが、アロイスの耳には入ってこなかった。
諜報部員のグレーザはすぐに見つかった。諜報部室に縛られて転がされていたところをゼクレティアが発見した。
「あの二人に、仲間にならなければ殺すと脅されていました」
グレーザが無表情に眼鏡を押し上げる。
「ふん、それも本当かどうか……まあどちらでも構わないが。君にやってほしいことがある」
「何でしょう」
「ちょ、ちょっと待ってください。あの二人には容赦なく拷問したのに、グレーザは見逃すんですか?」
シドが言うと、アロイスは眉間に皺を寄せた。
「君、それではまるで、私が冷徹な快楽殺人鬼みたいじゃあないか」
不愉快そうな顔をしてみせると、アロイスはグレーザとともに諜報部室に消えた。
「違うんですか……?」
閉じた扉に向かって、シドはつぶやいた。




