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異世界拷問  作者: よねり
第一章 鋼鉄の処女
19/104

18 ※残酷表現注意


「どういうことかね?」

 慌ててアロイスの部屋にやってきた防衛大臣が、汗を拭きながら尋ねた。目の前の状況を理解できないでいる。

「おや、大臣殿。観覧をご希望か?」

 鍛冶屋に作らせた、アイゼルネ・ユングフラウがアロイスの部屋の中央に置かれていた。その前に、二人の諜報部員が縛られて座らされている。

「これは……」

「あなたがくれたリストのうちの二人だ」

 アロイスが口を歪めて笑う。

「ま、まて、私はこんなことになるとは……」

「わからなかったとでも?」

 肉団子男が悲鳴を上げる。彼は椅子に縛り付けられ、木の箱に両足を突っ込んでいた。箱は蓋がされており見えないが、中からネズミの鳴き声と走り回る音が聞こえる。

「助けて……助けてください。何でも話しますからァ」

 肉団子男が顔を真っ赤にして叫ぶ。

 諜報部長はまだ五体満足のままだったが、顔色が悪かった。それは元からだろうが。

「話すと言っているぞ。なんとかならんのかね?」

 アロイスが首を振る。

 肉団子男は涙を流して大臣に懇願の目を向けたが、彼は目をそらした。

「グレーザの姿が見えないが」

「私が彼らを迎えに行ったときには、すでに逃亡した後だった」

「逃亡だと? なら奴がスパイだろうが。その二人は関係ないはずだ」

「そうとも限らん」

 肉団子男の悲鳴は、断続的に続いている。今頃、箱の中ではバターを塗った彼の足は、腹を空かせたネズミに食い荒らされていることだろう。大臣が悪臭にハンカチで鼻を押さえた。

「なんと醜悪な」

 なおも続く悲鳴に、アロイスは「やかましい男だ」とつぶやき、口に布きれを詰め込み、さらに布を巻いてくつわにした。

「東洋では……失礼、私がいた世界では、実にいろんな動物に足を喰わせる拷問があった。私はネズミを使うのが手軽で好きなんだが、ある島国では山羊になめさせるというものがあってね。ふふ、さすが未開の蛮族が考えることは面白い」

「なんでもいい、こんなことはやめさせろ」

 大臣が叫ぶ。アロイスは眉一つ動かさない。

「なんでこんな残酷なことを思いつく。なんでこんな残酷なことが出来る」

 肉団子男の悲鳴はいつの間にかなくなっていた。声がかれたのか、口から泡を吹き、くつわから唾液を垂らしている。一度大きく痙攣したかと思うと、どうやら気を失ったようだ。布のせいで呼吸が出来なくなっていることに、アロイスは気付いていなかった。

「ふん、情けない」

 アロイスが呼ぶと、シドが納屋の外から姿を現した。シドはすでに胃の中のものをすべて出し尽くしたようなゲッソリした顔で、水が入ったバケツを持っていた。それを受け取ると、アロイスは少しのためらいもなく、肉団子男の顔面にぶちまける。

「見るに堪えん」

 大臣は納屋から出て行く間際「覚えておけ」と捨て台詞を吐いていった。

「ふん……。それで、何か思い出したかね?」

 肉団子男の顔をのぞき込む。彼は白目をむいて再び痙攣しはじめた。

「もう壊れたか。さて、次は貴様だな」

 アロイスは諜報部長をチラ、と見る。

「お、俺は……」

「おっと、まだ話さなくて良い。私はこれからランチタイムだ」

 そう言うと、アロイスは鼻歌混じりに紙袋からサンドイッチを取り出す。

「クソ漏らして死にかけてる男の前で、よく食えるな」

 諜報部長が言う。肉団子男が座っているところから、血の混じった糞便が垂れていた。

「貴殿は慣れていそうだな、こういうことに」

「慣れるもんか。見てみろ、この顔色」

「それは元からだろう?」

 諜報部長がニヤリと笑った。

「初めて笑ったな」

 サンドイッチを頬張ると、アロイスは指先のマスタードをなめとる。

「諜報部なのでね。勇者殿がやっているようなことも、見たことがある」

「ほう、この世界に拷問はないと聞いたが」

「俺が見たのも、異世界の勇者がやっている現場だった」

 アロイスの眉がピクリと動いた。

「名は?」

 諜報部長は思い出すような仕草をした後、挑発的な表情で「情報ってのは高いんだ。ただで教えてやるわけにはいかねえな」と言った。

「ふん、貴殿は勘違いしているようだが、これは交渉ではない」

「わかってるよ。言ってみただけだ」

 諜報部長が口を歪める。「たばこはないか?」

 アロイスは答えない。

「隣のクソ漏らしのポケットに入ってるはずだ。取ってくれないかな」

「私に何のメリットがある」

「最後の晩餐って言うだろう?」

「ほう、この世界にも宗教があるのかね」

「いいや。これも、あんたの世界の勇者から教えて貰ったんだ」

 アロイスがシドを呼び、ポケットを探らせる。

「これですか?」

 シドがガラガラの声で尋ねる。胃液で喉が焼けているのだろう。ふらふらになりながら、シガレットケースを取り出した。

「一本出してくわえさせてくれ」

 シガレットケースを開く。

「あれ?」

 シドが何か、煙草でないものを取り出した。それをアロイスに見せる。暗号化されていたが、何か情報を記したものだった。

「ふん、わざとらしい」

 アロイスが諜報部長を睨み付けた。

「何のことだ? 俺は煙草が吸いたかっただけだ」

 肝が据わっている、と言うのだろうか。彼は煙草をくわえ、シドに火をつけさせた。こんな状況で煙を震わせないのは、よほど肝の据わった捕虜か、それともただの阿呆だ。

 肉団子男はすでに事切れていた。死因は吐瀉物が喉に詰まった事による窒息死だったが、アロイスにとって死因などどうでも良かった。

「この紙には何と書いてある?」

 アロイスが尋ねる。

「情報はタダではないと言わなかったか?」

 諜報部長が笑う。アロイスはため息をついた。

「冗談も二度目は笑えんぞ」

「やれやれ。初回はサービスだ。この暗号は、ランドのものじゃあない。スターテンのものだ。あんたが帰ってきたって内容だな」

「本当か?」

「ああ、間違いない。諜報部に戻れば暗号表がある。それに照らし合わせれば素人でもわかるはずだ」

「なんだ、呆気ない。一人目で正解か。奥の手を出すまでもなかったな」

「その奥の手っていうのが、何だったかは聞かないでおこう」

「ただ、スパイが一人であるとも限らない」

 アロイスの目が光る。

「おいおい、俺は情報を出したんだぜ?」

 強がっているように見せているが、諜報部長は表情を硬くした。くわえた煙草の煙が、初めて揺れた。緊張で部屋の空気が、より粘性を帯びたことを、シドでさえ気付いた。

 諜報部長のこめかみを、汗が一条落ちる。フィルタ近くまで灰になった紙巻き煙草を、諜報部長がアロイスに向かって吹き飛ばした。残念なことに、アロイスに届く前にそれは地面に落ちた。ジリジリと火が弱まってゆく。まるで、命の灯火のようだと諜報部長は思った。

「人間とは、我が身可愛さに仲間を売るものだ。それに、急に饒舌になる奴は怪しい」

 諜報部長の顔から、余裕が消えた。

「嘘だろ、おい」

「冗談を言っているように見えるか?」

 アロイスの顔を見て、諜報部長が「本気か?」と言った声が震えていた。

 アロイスは表情を変えない。

「奥の手がなんだったか聞かないと言ったな。ただ、それを選択するのも貴殿ではない。貴殿にはどんな自由も認められていないのだ」

 アロイスがアイゼルネ・ユングフラウを開く。そこにいた全員が、不吉な空気を感じ取った。その空気は、アイゼルネ・ユングフラウの内側から漏れ出ていた。

 室内の気温が急激に下がったように感じた。シドが鳥肌を立てている。

「聖母の慈悲があらんことを」

 アロイスは言うと、椅子から解放した諜報部長を放り込んだ。

「ま、待て。話す、何でも話す」

 アロイスの手は止まらない。

「わかった、俺もスパイだ。お前の勝ちだ」

 諜報部長に針が届く直前に、アロイスの手が止まった。

「諜報部員が聞いて呆れる。随分早く口を割るものだな。それに、三人のうち二人もスパイだったとは」

「こんなよくわからないものに入れられたら、誰だってちびっちまうぜ」

 アロイスの手が止まったことに、諜報部長はほっと胸をなで下ろしていた。先程地面に落ちた煙草は、まだ火がくすぶっていた。

「さあ、早く出してくれ。一秒だって、こんなところにいたくない」

 諜報部長がシドを見上げていった。彼が動こうとしないので、今度はシドに向かって同じ事を言う。シドはアロイスに意見を求めるような視線を投げた。

 アロイスはアイゼルネ・ユングフラウを見上げた。

「男はいつだって刺す側だと思っている。だが、たまには貫かれることを味わってみてもよかろう? 初めてが聖母だなんて光栄だと思わないかね?」

「何を……言ってる……」

 諜報部長の顔面から色が消えた。滝のような汗が、彼の顔を濡らす。

「それでは、諜報部長殿。アウフ・ウィダゼン(さようなら)」

 棺は閉じられた。ごぽごぽと排水溝のような音がする。アロイスの足下に体液が流れ出してくる。それと同時に、強烈な悪臭。

「ああ、そうか。ちゃんと血抜きのためのガイドが必要だな。これは要改造」

 アロイスは手帳を取り出して書き付ける。

「あなたには人の心がない」

 シドがゲッソリした顔で、苦しそうに言葉を吐き出す。

「人の心? それはなんだね?」

「道徳心とか……」

「道徳心とは何かね」

「人の心を……」

「君に他人の心がわかるというのかね」

 言葉に詰まったシドに、アロイスは詰め寄った。シドはアロイスよりも少し背が低かったので、彼は少し屈んでシドの目をまっすぐに見た。シドは一秒も堪えられず目をそらした。

「他人の気持ちを理解することが出来るなんて、思うこと自体傲慢だよ」

 諜報部長のうめき声が弱々しくなり、やがて聞こえなくなった。

 むせかえるような臭いに、シドは再び胃液を吐いた。

「せっかくスパイだってわかったのに、殺しちまって良いんですか?」

 シドが尋ねる。アロイスは「ふん」と鼻を鳴らした。

「スパイがどんな情報を掴んでいるかなんて、どうだっていい」

「じゃあ、なぜこんな酷いことを……」

「この拷問器具は、昨日できたばかりなんだ。使ってみたくなるのが人というものだろう?」

 シドは背筋に冷たいものが流れてゆくのを感じた。同時に、この人に付き従っていても良いのかと苦悩した。

「ところで、諜報部にはもう一人いたな?」

 アロイスが言うと、シドが頷く。

「グレーザですね。ゼクレティアが探しています」

 顔は薄ぼんやりとしか思い出せないが、眼鏡が特徴的だったことだけは覚えている。

「アロイス様は、元いた場所でも戦争をしていたんですよね? そこでもこんなことをしていたんですか」

「こんなことだと?」

 アロイスがシドを睨み付ける。シドは「ひっ」と悲鳴を上げた。

「こんな子供だましのようなやり方ではなかった!」

 アロイスが叫ぶように言う。

「もっと! 美しく! 崇高な拷問の数々! あれこそ私の生きがいだったっ!」

 自身の体を抱きしめるように、アロイスは体をくねらせた。そんな彼の姿を、まるで自分とは違う生き物を見る目でシドは見た。アロイスのは顔は紅潮し、下半身は勃起してくっきりとズボンに形を浮き上がらせていた。

「ここと比べて、そんなに違いがはありますか」

「そうだなあ」アロイスは恍惚として顔で天を仰ぐ。「この世界とは文明水準が違うが、そういったことは表面的に過ぎない。戦争の本質は人間の業だが、それはあの世界でもこの世界でも変わらないな」

 祖国を懐かしく思う。弾圧に次ぐ弾圧。同じゲルマン民族としてドイツとは友好国ではあったが、あまり優雅とは言いがたかった。同士としてフランスと戦ったことを思い出す。人が人形のようにちぎれて飛んでゆく。お互いの国で、新しい拷問の方法を競い合ったものだ。

 また、あの心躍る日々を、この世界で過ごしたい。

「そうだ」

 アロイスは手を打つ。

「今度はなんですか」

「いや、この戦争を終わらせるいい手を思いついてね」

 シドが信じられないという顔をした。

「本当ですか」

 恐る恐る尋ねるシドに、アロイスは笑顔で応えた。

「それはいい。こんな戦争なんて、早く終わらせましょう」

「任せたまえ」

 部屋の異臭が、より濃くなったように感じた。

「おや、まだ彼は死んでいなかったようだぞ」

 アイゼルネ・ユングフラウを開けると、諜報部長の体が倒れ込んできた。彼の弱々しい鼓動と呼吸に合わせて、血がびゅっびゅと吹き出す。流れてきた血に触れ、煙草にくすぶっていた火が消えた。

 アロイスは彼の体を引き出すと、部屋の奥から運んできた机に横たえた。そして、腹を裂き、臓物の中に顔を埋めた。鼻を通り抜ける死臭は脳内に快楽物質をまき散らし、胸いっぱいに地獄の花畑を作り出す。

 顔が脂でてらてらと光る。それを見て、シドは失神した。


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