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異世界拷問  作者: よねり
第一章 鋼鉄の処女
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12


「夢の中くらいは、うまくいくと良いな」

 そう言うと、ゴリラ女は去って行った。一人残された衛兵が、アロイスを牢の中に連れて行った。

 衛兵は一緒に牢に入ると、アロイスの耳元で言った。

「クスリを……」

 阿片を渡した男だった。

「奴らが単純で良かった」

 アロイスが安堵のため息をついた。

 あのとき、アロイスはこの男に耳打ちしていた。クスリがなくなったら、夜中に訪ねてこいと。

「渡した分は全部吸ったのか?」

 男が思いきり頷く。思った通り、こいつは馬鹿者だ。馬鹿者はすぐに中毒になるから手間がかからなくて良い。

「他に人は?」

 男が首を振る。震えた手を差し出してくる。「は、早く」

 それを見ながら、アロイスは「その前に」と言って彼の顔の前に手を出した。

「ここから出してくれたまえ」

「そ、そんなことしたら俺が殺されっちまう」

「では、何のメリットもないのに、クスリを寄越せというのかね」

 男は押し黙った。睨み付けると、あの夜のことを思い出して男は震え上がる。アロイスにはわかっていた。彼が、本能的にアロイスには逆らえないと言うことを。埋め込まれた主従は、決して覆らない。

「ほ、本当にクスリがあるんだろうな? 見せてみろ」

 強がっているのが丸わかりだった。やれやれ、馬鹿者と交渉するのは本当に面倒だ。

「向こうを向いていろ」

 男は首をかしげながらも、後ろを向いた。

 いくら拷問の文化がないとはいえ、交流した敵兵士の持ち物をそのままにしておくほど、この国の人間もお人好しではないようだった。アロイスの持ち物も、ポケットの中身まですべて取り上げられている。しかし、それは想定内だ。

 喉の奥に指を突っ込む。アロイスの嗚咽に、兵士は振り返った。

 何度かの嗚咽の後、ようやく、糸のついた小さな袋が胃の中から出てくる。糸はアロイスの歯に巻かれていた。折れたのがこの歯だったら打つ手はなかったし、腹を思い切り蹴り込まれていたら、袋が破れて阿片中毒になって死んでいただろう。今、アロイスの作戦が成功したのは幸運でしかない。

「さあ、お望みのものだ。少し臭うが、それは勘弁してくれたまえ」

 アロイスは阿片入りのたばこを床に置いた。男は中毒者特有の落ちくぼんだ目を見開き、充血させた。彼は強烈な喉の渇きを覚えていた。舌が乾き、歯茎が乾き、喉、食道が焼けるように乾いて張り付いた。胃からは際限なく胃液が逆流し、今にも内臓ごとひっくり返りそうだ。ポケットから鍵の束を取り出した。手が震えて地面に落ちる。再び拾うと、それを鍵穴に差し込んだ。

 扉が開くと、彼はむさぼるようにたばこに飛びついた。あまりに慌てすぎて、紙巻き煙草一本を指に挟むことが困難な様子だった。

「まだ、一本だけだ」

 彼は言うのも聞かず、火をつけた。深く煙を吸い込むと、表情から緊張が抜け、ブルブルと震えた。

「さて、行くか」

「ど、どこへ」

 何度か煙を吸引すると、彼の目がトロンとし始めた。

「決まっているだろう。帰るのさ、我が国へ」

「そこにクスリはあるのかい?」

「あるさ。好きなだけ」

 男は破顔した。

「一緒に行く」

 アロイスは牢を出ると、他の兵士の牢の鍵も開けた。

「みんな、遅くなってすまない。さあ、逃げよう」

「ああ、貴方は本物の勇者だ……感謝します」

 先程までアロイスのことを口汚く罵っていたものも、まるで神を見るような目でアロイスを見上げた。現金なものだ。これから訪れる地獄も知らずに。

 見張りの兵はいなかった。あの阿片中毒が話をつけたのだろう。薬物中毒者は親をも売り飛ばすようになる。まして、この世界の人間は耐性がなさそうだった。あんな粗悪な阿片さえよく効くのだ。少しばかり手を加えた”特製”ならば、余計簡単に堕ちるのだろう。

 阿片中毒兵の案内で、ランドの兵士たちは牢のある建物から脱出した。

「おい、お前ら、何をしている!」

 頭上からの声に、ランド兵たちは顔を上げた。物見の兵だった。すぐに警鐘がかき鳴らされた。

 どこからともなく兵が集まってくる。相手は人を殺すための装備をした人間だ。対して、ランド側は丸腰の集団。

「予想通り」

 アロイスはまだ建物から外に出ていなかった。この展開になることはわかっていた。だから、あえて彼らを囮にした。そのすきに、阿片中毒兵から甲冑を奪い、アロイスは脱走者を囮にして城外に逃げ出した。

 今頃、捕まった兵たちは皆殺しになっていることだろう。彼らへの申し訳ないという気持ちは欠片もなかった。むしろ感謝したいくらいだ。

「楽しい経験をありがとう」

 遠ざかってゆく喧噪へ、背中越しに呟いた。


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