第6話:別れの挨拶
次の日、俺はアレスとリーシャの二人に連れられ村の門に来ていた。下界に降りるためにはこの門を通るしかない。世界に何か所か設置されている出口に繋がっているらしい。
俺は村に住む神々たちへの挨拶回りを終えて、晴れやかな気持ちで門を目の前にしている。
そして、最後にちゃんと挨拶しておかなければならない人も目の前にいる。
「父さん、母さん。今まで本当にお世話になりました。勇者学院に必ず合格し、糧にしたいと思います」
アレスは震え声で、
「ああ、あの小さかったアウルがこんなに大きくなるとはなぁ。……月日が経つのは早いもんだ。お前なら絶対に合格すると信じているぞ」
母さんは涙ぐみながら、
「アウルがこの村を出るなんて……いつかはそうなるかもしれないと思ってたけど、案外早かったわね。アウル、試験頑張るのよ!」
俺も泣き出しそうだ。
この二人のためにも頑張らないとな……。
「じゃあ……いってきます」
『さようなら』は言わなかった。言ったら寂しくなるし、これが永遠のお別れなんかじゃない。いつか必ず魔王を倒して戻ってくる。
土産話を二人に聞かせてやるんだ。
俺は門を通り、下界に降りた。
「ここが下界――想像した通りの異世界だ」
俺が出てきたのはアレイン王国。その王都であるリンシアの近くだ。
少し離れた場所に見える城壁の先にリンシアがある。――そう聞いている。
城壁の見た目はいかにも中世ヨーロッパ風って感じで、良い雰囲気だ。
俺が出てきたのは道中の森の中。
さて、そろそろ先に進むとしよう。
と、俺が一歩進んだ時だった。……なんだか、聞きなれた声がしたような?
「いやー久しぶりの下界ってのもなかなかいいもんだな、リーシャ?」
「あんまりはしゃがないでよ? 田舎者みたいで恥ずかしいじゃない」
「……父さん、母さん。なんで来てんの!?」
「保護者同伴じゃダメか?」
「ダメじゃないし、むしろ色々と助かるけど、さっきの別れの言葉はなんだったの!?」
茶番かよ! 切ないあのムードはなんだったの!?
「あれはなんというかな、いわゆる雰囲気酔いってやつだな。……しかし、俺もリーシャもさよならなんて言わなかったぞ? アウルも言わなかったから分かってるかと思ってたんだけどなあ」
俺は気を利かせてたんだよ! 寂しいのは嫌じゃん?
「けどこうして下界まで羽を伸ばすのもたまにはいいわね。家族揃って来られるなんて夢みたい」
なんかピクニック気分の人がいるよここに……。あんまり緊張した感じよりこんな感じの方が良いけどさ!
「じゃあそろそろ行くよ」
俺が歩き始めると、その後を二人がついてくる。
「いやー久しぶりの下界、色々と変わってるなー」
「そうね。見ないうちにねー」
……なんでこの二人は白々しい会話してるんだよ!
俺はポケットに入れていた受験票を取り出して、二人の前に突き出す。
「受験申込みのために最近二人で下界に降りてたんじゃない? 違う?」
「なに……バレたか」
「普通わかるよ! そんなにしつこく『久しぶり』連呼してたら!」
多分数か月前に二人揃って家を空けていたことがあった。何をしているのか疑問だったけど、俺のために動いてくれてたんだな……。
「ごめんね、アウル。二人で下界に来てたって言ったら拗ねるんじゃないかと思って」
「拗ねないよ! そんな子供じゃないって」
この二人は俺を何歳だと思ってるんだろう。……まあ、親から見たら子供はいつまでも子供なのかな。
二十分ほど歩いたら、王都リンシアの城壁についた。目の前に大きな金属製の門があって、その前を二人の門番が守っている。
「入場希望か?」
門番のうちの一人が聞いてきた。
「そうです。勇者学院の試験を受けにきました」
「ふむ、承知した。……では、通行料を三万リンシアを納めてくれ」
「お金取るの!?」
「当然だ。入場料が無いなら受験生と言えどここを通すことはできん」
……ここにきてまさかのそんなことで足止めを食らうのかよ。
しかし村に入らずにどうやってお金を稼げばいいんだろう? 旅人をターゲットに商売をするとか? ……いや、どう考えても試験に間に合わない。
試験は二日後に迫っている。チンタラしていられないんだ。
「困ったなあ、入場料を取るのか。この国は」
俺の後ろに隠れていたアレスが唐突に門番の前に出た。
その隣にすかさずリーシャが出てくる。
……普通ならただのクレーマー旅人にしか見えない光景だ。
だが、門番の二人はアレスとリーシャを見て口を大きく空けると、激しく焦り始めた。
「こ……これは英雄アレス様に英雄リーシャ様ではありませんか!? ……し、失礼致しました! 通行料などいただけません! どうぞお通りください!」
ええ!? どういうこと?
二人がちょっと顔を見せただけなのに……それに英雄様?
「何してる、アウル。門が開いたぞ?」
「あ、ごめん。いくよ!」
アレスに急かされて、俺は門をくぐって王都に入った。
王都リンシアでは、流れるようにたくさんの人が行き交っていた。日本の大都会――桃郷には及ばないが、似た雰囲気があった。
「あれ? どこ行くの?」
二人は迷うことなくスタスタと歩いている。どこを目指しているんだろう?
「どこにって、そりゃまず新居だよ」
「新居!? 家あるの!?」
「愛する息子のためならそれくらい当たり前だ。アウルが合格したらここに住むんだから家の一つや二つ用意しておくのは親の務めだろう」
……めちゃくちゃありがたいけど、やっぱり俺なんか騙されてないかなぁ。
ずっと前から仕組まれていたような、そんな気がする。
だって準備良すぎなんだもん。
お金が無いから宿が借りれないし、どうしようかと思ってたら家まで用意してるなんて……。