第40話:赤いボタン
落ち着け、何か考えるんだ。これを止める方法を。焦った時ほど落ち着いて考えないとダメだ。
魔法はまだ発動していない。魔法陣が起動してから全ての準備が整うまでは、魔物は現れないはずだ。その間にこれを止めることができれば……。
「無駄だよ。一度起動した魔法陣は絶対に止めることはできない!」
マルグレット先生はケタケタと嗤い始めた。
「……あんた、俺と剣の打ち合いをしたよな。あんたの剣は素直すぎて、俺から見ればはっきり言って弱い。……だけど、嫌いじゃなかった。……なのに、どうしてこんなことやってんだよ。お前はどうなりたいんだよ!」
マルグレット先生は目を逸らし、
「……どうにでもなればいい。正体がバレてしまった僕が、この先どうしろって言うんだ。殺したいなら僕を殺せばいい。何をしても抵抗しない」
「何をしても……か。ああ、上等じゃねえか」
俺は、マルグレット先生に治癒魔法を掛けた。俺が持つ魔力の三割くらいを削って、数年の変化を巻き戻した。
「あんたはこれで人間に戻った。もう魔人なんかじゃない。魔法陣を止めないと、あんたも魔物に殺されるぞ!」
「悪人の僕には相応しい死に方だよね」
俺は拳に力を込めた。もう、我慢できない。
パンッ!
俺はマルグレット先生の頬を殴った。
「死んだら罪を償えると思うな。……そんなのはただの逃げだ。絶対に死なせねえ」
俺が殴った衝撃で壁に打たれたマルグレット先生は、足が変な曲がり方をしている。骨折させてしまったらしい。まあ、縛る手間が省けたので良いか……。
「くそ……! ダメだ。魔法陣に治癒魔法を掛けても戻らない」
「そうですか……となれば、緊急避難をするしか」
「今から逃げても、ここを埋め尽くすくらいの魔物が出てきたら王都は完全に終わりだ。今王都にいる人は全員死ぬだろうな」
「なにか、方法はないんでしょうか」
「それを今探してる」
魔法陣が発動する前になんとかしないとダメだ。……残りあと二分ってところか。
「アウル君、ちょっとこれ見てください」
俺が頭を悩ませていると、エストが肩をたたいてきた。
「どうした?」
「この赤いボタン……なんでしょうか」
奇妙な装置の隣には赤いボタンが置いてあった。
このボタンからは、何か強い魔力を感じる。
このボタンの中には多分相当量の魔力が入っていて、それも少しずつ漏れ出ているのだろう。
「魔道具っぽいな……設定魔法はジャミングか」
「ジャミングってなんです?」
「魔法阻害する魔法……って感じかな。なんでこんなものが……いや、もしかして」
俺は壁にもたれているマルグレット先生に訊ねた。
「あんたにもまだ人間の心が残ってたんだな」
「……なんのことかわからない。それは万が一のトラブルのための……」
マルグレット先生は、言い終わる前に意識を失った。
「アウル君、どういうことなんですか?」
理解が追い付いていないエストが訊ねてきた。
「ジャミングって言うのは魔法阻害をする魔法って言ったろ? それを魔法陣の隣で発動したら、多分消滅できる」
「どうしてそんなものが……」
「さあな。……ただ、最後まで色々と迷ってたのかもな」
俺が赤いボタンを押すと同時に、ジャミング魔法が発動する。ボタンの中の大量の魔力が魔法陣を打ち消し――消滅した。
「はー……これでやっと終わりだ」
「……僕も疲れました。休み明け一発目でこれなんて、あと四日地獄です」
「魔力を使いすぎて眠いんだけど、今寝たらどうなるかな?」
「多分、救助の人がベッドまで運んでくれると思いますよ」
「そうか、ならまあ……いいか……」
俺は魔力をかなり使った。ケクロスとの戦闘と、マルグレット先生にかけた治癒魔法。この二つが今かなり効いている。落ち着いたら、どっと疲れが出てきた。
そしてその後の記憶はない。