第39話:魔人
「結界があるにも関わらず、僕がこの学院の敷地に入れる理由――それは僕が人間だからだよ。正確には人間と魔族の中間というやつだね」
マルグレット先生は穏やかな口調で話をつつける。
「僕は五年ほど前――勇者学院の学院生だった。何の取り柄もない僕だったけど、誰よりも努力して、なんとかこの学院の試験を突破して入学したんだ。入学してからの日々は、本当に大変だったよ。なにせ、僕には才能というものがないんだ。先生は『努力の才能』なんて茶化したけど、僕は人の二倍頑張っても半分の結果しか出せない。三年間血が滲むような努力をして、勇者を目指した。田舎から出てきた僕は村の人たちの期待も背負っていたし、なにより僕自身が勇者に憧れがあったから、頑張れた。――だけどね、卒業前の採用試験で、合格できなかった。……勇者になるための最低限の力が不足していたんだ。三年間の努力は、報われなかった」
俺は、何も言えなかった。努力をしても報われない人間――確かに聞いたことはあるけれど、どう声を掛けていいかわからなかった。
努力をすれば必ず結果に結びついて来た――そんな風に生きてきた俺が何を言っても間違っている気がした。
「勇者に成れなかった卒業生の進路は、指導者になるか冒険者になるか、もしくは全く別の仕事をするか……例えば農業をしたりとかね。僕は、指導者になることを選んだ。僕はやっぱり勇者が好きだったんだ。自分が勇者に慣れなかったとしても、何か勇者と関りのある仕事をしたいと思ったんだ。勇者学院の教師なら、それができる。だから僕は教師になった。でもね、毎年卒業して勇者になっていく生徒を見ていると、僕は複雑な気持ちになったんだよ。なんで僕は勇者に慣れなかったんだろう……って。僕より努力していない者が勇者になるところを何度も見た。天才が、その才能だけで凡人の手の届かないところに易々と辿り着く――嫉妬なんだろうね」
言葉からだけでも、マルグレット先生の苦悩が伝わってくる。勇者は結果が全てだ。俺は勇者学院の入学試験の二次試験でヒューゴと試合をした。ヒューゴは、人格面に問題があれどその強さは本物。……エストと良い勝負をするくらいには強かったと思う。
そんな彼でも、結果を重視するこの学院では合格を勝ち取れなかった。勇者は結果を出せなければならない。だから、努力も過程も重視しない。それがマルグレット先生を苦しめてきた。
「そんな時に、僕に接触してきた魔王がいたんだ。ケクロス様――あの方は私の努力を見破り、力を授けると言ってくれた。天才にも負けない才能を与えるとね。その代償として、ケクロス様の命令を五つ全て遂げることを要求されたよ。魔人化の魔法を僕は受け入れ、四つの命令を遂げた。そして、五つ目の命令が今日だったんだよ。これさえ達成すれば、ケクロス様は僕を魔族にしてくださると言っていた。魔族になれば、大きな力を得る。今までの努力が全部報われるんだ!」
「……アホか」
マルグレット先生の長い話をただただ聞いていた俺だが、ついに我慢できず言い放った。
「魔族になって力が手に入ったら勇者になれるのかよ! お前の悩みは全部解消できるのかよ! 才能を妬み続けたお前が才能を手にして強くなって、それで満足するのかよ!」
「う、うるさい! これでいいんだ! 僕は正しい、下賤な人間が騒ぐな!」
「……マルグレット先生、あなたが約束したという張本人の魔王ケクロスは死にました。これ以上何をするつもりですか」
「僕は……僕はケクロス様が亡くなったとしても、約束は果たさなければならない!」
マルグレット先生は目の前の魔法陣に手を触れる。……すると、その魔法陣が輝き始めた。
「な、なんですか……これは!?」
「魔道具と同じ原理っぽいな……複数の魔法が起動できるようになってるみたいだ!」
完全に詰んでるというのに、まだ何かやるつもりなのか!?
「魔法陣が起動した! ふはっ……ははははは! これであと五分もすれば、この学院は魔物の海に飲み込まれることになるだろう!」
「う、嘘だろ……!?」
「あと五分……どうすれば……」