第36話:昔話
とにかく無我夢中で逃げた。途中で、アンナとエストとははぐれてしまった。
……これしか方法が無かった。俺一人ならともかく、セリカを抱えたまま戦うことはできない。もし戦うとしたらセリカを放置することになる。意識がない状態での彼女を放置して戦っていたら、流れ弾で怪我では済まないことになる。
勇者学院の敷地は広い。ケクロスは俺をターゲットにしていたみたいだから、あえて人の少ない場所に誘導した。場所は後者の裏山。ここは人口の山になっていて、たくさんの木が生えているおかげで身を隠しやすい。
「んん……よっと」
セリカの肩に刺さった【氷柱】を抜いた。血がどくどくと溢れたが、すぐに止めった。そして、傷口が塞がっていく。
「あれ……えっと?」
気を失っていたセリカが目を覚ました。
「アウル……? どうして……あれ? 傷が……」
彼女はケクロスに刺されてからの記憶が無い。そのせいで、かなり錯乱しているようだった。
「ちょっとは頭が冷えたか?」
ケクロスと対峙していた時のセリカは、おかしかった。目覚めたばかりだけど、今はいつものセリカに戻っている。
「私、確か【氷柱】に刺されて……アウルが傷を癒してくれたの?」
「いや、俺にはあの傷を癒せるほど治癒魔法は上手くないよ。……攻撃魔法以外は今一つだからな」
「じゃあ、あれは夢?」
「夢じゃないさ。……セリカ、ネックレスは肌身離さず持ってたみたいだな」
俺は入学式の日に露店で買ったネックレスを渡していた。
セリカは首にかかったままのネックレスを握りしめる。
「うん……持ってる」
「それはお守りなんだ。そのネックレスには使用者の魔力を少しずつ吸い取って、蓄積する機能がある。【創造】って技術で、万が一の時に即死じゃなければ貯まった魔力を使って治癒する機能を付与していた。そのおかげだよ」
「じゃあ、アウルが守ってくれたんだ……」
「セリカ自身の魔力を使って治癒したんだけど……まあそうなるな」
「そっか……」
俺は、セリカと話ながらも常にケクロスの接近に備えて警戒している。まだ居場所はバレていないようだ。
「なあ、セリカ。もし良かったら、あの時なんで一人で突っ込んでいったのか聞かせてほしいんだ。今思えば、【身体強化】のイメージを探したときのセリカはちょっとおかしかった。もしかしてそれも関係あるんじゃないか?」
「……関係ある」
セリカは静かにそう答えた。
違うと言われたらどうしようかと思っていたけど、俺の予想は当たっていたみたいだ。
「ちょっと話が長くなるんだけど、許してくれる?」
「できるだけ簡潔にまとめてほしいけど、長くなるなら仕方ないよ」
「わかった。……できるだけ手短に話すね」
どういう心境の変化だったのだろうか。さっきは何を聞いても答えてくれなかったセリカが、話し始めた。
「実は、私の生まれはアレイン王国じゃないの。……ここからかなり離れたハンネス王国っていう小国……私はそこの王女だった」
「お姫様ってことか?」
「今はもう違うけどね。アウルもハンネス王国が五年前に滅びたのは知ってるよね」
「いや、すまん。本当に疎くて知らないんだ」
常識っぽいんだけどこの歳になるまで下界に住んだことが無いと、色々と知識が足りてないことを実感してしまう。
「そう……わからなくても話は通じるからいいよ。今ハンネス王国は魔王に占拠されて、誰も人は住んでないの。最後まで残ったお父様とお母様は殺されて、逃げようとした妹や弟も殺されたって……そう聞いた」
「……それからどうやって今まで生き延びてきたんだ?」
「そもそも私が殺されなかったのは、たまたま国境近くの宿舎に泊まっていたから。……魔王の進行があって、国が陥落してからは従者が私を隣国のベーテル帝国まで連れて行ってくれたの」
想像以上に過酷な過去。美しい見た目からは想像できない苦しみがあったんだろうな。
「それから、ベーテル帝国を放浪したことは今でもはっきり覚えてる。王国が陥落した以上、私は王族じゃなくなった。十歳だった私は日雇いの仕事をして命を繋いできたの。流れに流れてアレイン王国に来たら、勇者学院の存在を知って、入学したいと思った。私から全てを奪ったあの魔王を殺してやるって」
「その魔王がケクロスだったと?」
「七人の魔王のうち、ケクロスは顔が割れてる魔王。生き延びた人たちの証言から頑張って特定したの」
「なるほどな」
こんな過去が経験していたら、目の前に出てきた目当ての敵を放置できるわけがない……か。
俺の今世は、幸運なことにアレスとリーシャに拾ってもらって、温かい家庭でぬくぬくと過ごしてきた。そんな奴がセリカの気持ちを理解するなんて無理だ。気持ちがわかるなんて言ったら嘘になる。
じゃあなんて言えばいい?
「セリカ、その復讐は俺が引き受ける。……だから、もう楽になっていいんだ」
「なんでアウルが引き受けるの? ……そんなのおかしい」
「この世界よりもっと高度な文明の言葉なんだけど、復讐は復讐しか生まないっていう考え方があるんだ。言葉遊びかもしれないけど、ケクロスに恨みを持たない俺が復讐を引き継げば、連鎖は止まる」
「なんか、冗談みたい……」
「冗談だよ。……でも、セリカが今日まで十分頑張ってきたんじゃないか。ちょっとくらいサボっても罰は当たらないと思うぞ」
「でも、アウルが魔王を倒したら私は何のために生きればいいの?」
「新しいことを何か見つければいい。生きる意味なんてなんでもいいんだからな」
セリカは目をぱちくりさせて、押し黙った。
それから少し経って、
「じゃあ、アウルに任せるよ。……私のために戦ってほしい」
「ああ、任せてくれ」
「依頼するなら報酬が必要だよね。……前払いにしとかないと。……じゃあ、目瞑って」
「こう……でいいのか?」
俺は言われるがままに、目を瞑る。
チュッ……。
何か、柔らかい――唇みたいなものが当たってる気が……。
その感触はすぐに離れていった。
「もう目開けていいよ」
「今……何をしたんだ?」
「恥ずかしいから……秘密」
さっきはいつものセリカだったけど、今のセリカはいつもと違う。なんだかいつもより積極的って言うか……でも、嫌いじゃない。こっちのセリカも大好きだ。……もちろん、家族として。
そんな甘い時間もいつかは終わる。
ドオォォォォンっと爆発音が聞こえた。
「な、何の音!?」
「ケクロスが森の中を爆破しながら俺たちを探しているんだ。……よし、まずはアンナとエスト。……できれば、エストを見つけたい。行くぞ」
俺はセリカの手を引いて、森の中から学院校舎の方面に移動を始めた。