第35話:魔王襲来
直感的にヤバいことが起こっている……そう思った。
昼食を摂っていた他の学院生たちも突然起こったことに驚き震えている。
食堂を出てすぐ、校庭に大きな黒色の岩を見つけた。岩の周りには砂煙が舞っていて、尋常ではない雰囲気を醸し出している。
「……隕石か?」
幸い怪我人はいなかったようだ。……状況的には隕石としか考えられない。
「い、今……岩が動かなかった?」
「何言ってるんだアンナ、そんなわけ……いや」
大きな岩にヒビが入って、ピキピキと割れ始めていた。
完全に岩が割れると、中から何かが出てきた。
「人……? なんで岩の中から人が出てくるんだ?」
砂煙がだんだんと落ち着いてきて、人らしきものの姿が見えるようになってきた。
「アウル……あれは人じゃない」
セリカぎょっとするくらい歪んだ表情で、人らしき者を睨んでいた。
「人じゃなかったらなんなんだ?」
「……魔王。……魔王ケクロスに間違いない」
「……なんでそんなこと知って……っておい! どこに行くんだ!」
セリカは人らしき者を魔王ケクロスと断定して、近づいていく。
「セリカさん! あれがあなたの言う通り魔王なら危険ですよ! どうして行くんですか!」
「戻ってきなさいよ! 何してるの!?」
「止めないで。私はこの時をずっと待ってた。……勇者になる前に夢が叶った」
夢……? セリカが勇者になる目的と関係してるのか?
どちらにせよ、放っておけない。
俺は気づけばセリカの背中を追っていた。彼女の手を引いて、連れ戻そうとする。
だが――。
「アンナ、エスト。二人はここで待っててくれ。俺はセリカを連れ戻す」
二人にはここに残るよう伝えた、俺はセリカを追いかけた。
「お願いだから止めないで。あいつだけは殺さないと――私の手で殺さないといけないの」
「まず事情を説明してくれ! 意味わからないこと言って危険に近づくなんて見過ごすことはできない!」
「アウルには何も関係ないこと。……迷惑だから」
セリカは冷たい眼差しを俺に向け、手を振り払う。
あんな顔で迷惑って……なんでだよ。
意味わからねえよ。
「どうしたんだよ! なんかおかしいぞ! まるで人が変わったみたいに……」
「アウルには関係ない」
「関係ある。俺たち友達だろ。セリカもそう言ったよな! 一緒に住んでる家族だよな! 無関係なわけないだろ」
「…………」
「なんで無視なんだよ! ……そんなの、おかしいだろ」
セリカを引き留められないまま、彼女が魔王ケクロスと呼んだ者の近くまで来てしまった。
壮年の男という感じの見た目をしていて、とても魔王には見えない。神様が普通の人間と同じ見た目をしているから、その同種の存在がこれでも驚きはしないが……。
「魔王ケクロス! ……私と一対一で勝負しなさい」
壮年の男はセリカに目もくれず、俺をジッと見つめた。
「この広い勇者学院でいきなり目的を達成できるとは――運がいい」
「何を言って……!? うぉっ!」
男から突然、無詠唱で魔法弾の一つ【闇球】が飛んできた。俺は咄嗟に【身体強化】を使ってダメージを軽減する。
「痛え……」
【身体強化】を使ってこのダメージ量。生身で受けていたらどうなっていたかわからない。
「何するんだ! ……お前は誰なんだ!?」
「我が名は魔王ケクロス。――我々にとって邪魔な存在を排除しにやってきた」
「その邪魔な存在が俺のことだと?」
『運がいい』と言った直後に俺を攻撃してきたんだ。……俺が目当てということで間違いないだろう。でも、こんなやつ会ったこともないのになんで……。
勇者が魔王に会いに行くならわかるけど、その逆は反則だろ……。魔王は大人しく城で勇者を待ってろよ!
「察しがよくて助かる。今年の入学者に人間の逸材がいるという知らせが届いたのだ。我々の安寧を損ねる恐れのある者を野放しにはしておけぬのだ」
「何が安寧を損ねるだよ! お前が本当に魔王だとしたら、人間の安寧を損ねてるのはお前らのほうじゃねえか!」
「人間の安寧などどうでも良いのだ。……おっと、無駄話が過ぎたな。では、死んでもらおう」
「……いいえ、あなたの相手は私。そして、死ぬのはあなた」
「お、おいセリカ! そいつはマジでヤバい奴だ。離れるんだ!」
「…………」
「おい! 話を聞いてくれ!」
何度名前を呼んでも、返事は返ってこない。
「くそ……強引に連れていくしかねえか!」
俺はセリカの手を引こうとする。――だが、彼女の方が一歩早くて追い付けない。
「生意気な小娘だ。……誰だか知らぬが、邪魔をするなら殺すだけだ」
ケクロスがさっき俺に放ったのと同じ【闇球】をセリカに投げた。セリカは【身体強化】を使って、底上げしたスピードで攻撃を避けた。
「……ごめんね、アウル」
「……え?」
一瞬、この時だけいつものセリカだった気がする。
彼女は覚えたばかりの【氷球】を魔力の限り生成し、一斉にケクロスに向かって放出する。数千、数万の【氷球】がケクロスを襲った。
「効かぬわ」
だが、その攻撃は当たらない。ケクロスの【身体強化】により、当たる直前に全てが消滅したのだ。
セリカは唇を噛み締め、今度は【黒炎】の魔法を使おうとする。だが、それは叶わなかった。
ザシュッ――。
無詠唱で発射されたケクロスのたった一本の【氷柱】がセリカの肩を抉ったのだ。彼女は力を失い、その場に倒れ込んだ。
……嘘だろ? 冗談とかじゃないよな? なんでこんなことになった?
ケクロスはめちゃくちゃ強い。……それはもう、俺が今まで会った誰よりも強い。こいつと真っ向から勝負しちゃダメだ。
俺はそう直感し、【身体強化】の最高速度でセリカを回収してすぐにケクロスと距離を取った。
セリカの肩には【氷柱】が刺さったままになっていて、傷口からは少しずつ血が溢れ出ている。
「逃げるつもりならそうするのもいいだろう。……だが、被害が大きくなるだけだぞ? アウル・シーウェル。お前が死ぬだけで勇者学院に平和が戻るのだ。大人しく死んだほうが利口だと思うがね」
「嫌だね。こんなやつがいると分かった今、俺が死んだらそれこそ終わりだ」
「愚かな人間よな。……死ねい!」
無数の【闇球】が飛んでくる――。よし、このタイミングだ、今しかない。
「これでもくらいやがれ!」
俺は光魔法を使った目くらましを使う。この場が全てホワイトアウトし、前が見えなくなる。飛んでくる【闇球】のほぼ全てを避けて逃走した。
目の前には様子を見守っていたアンナとエスト。
「二人とも、とにかくどこでもいい、逃げろ!」