第32話:詠唱魔法
終礼を終えてまっすぐ家に帰るとセリカは夕食も食べずに眠ってしまった。
俺も多少疲れているが、彼女ほどの疲れはなかった。
久しぶりに家族三人で夕食を囲むことになった。
今日のメニューは旬の野菜を使ったサラダに、リーシャの得意料理である肉じゃが、焼き魚にスープと四品が揃う豪華メニューだ。セリカの分もちゃんと残してあるけど、一緒に食べられないのがちょっと残念。
学院生活のことを話していたら、ちょっと気になったことがあったので聞いてみた。
「そういえば、勇者学院ではみんな魔法を使う時に呪文を詠唱するんだよ。授業もそれに沿った感じで組まれててさ。……そういえば父さんと母さんは詠唱魔法って使ったことある?」
アレスとリーシャが魔法を使う時に詠唱しているところを一度も見たことがなかった。無詠唱で魔法を使えるなら必要ないけど、あのダサい呪文を二人も唱えたことがあるのかな? という何気ないつもりで聞いた。
「んんー、あのなぁアレル。詠唱魔法ってのは人間にしか使えないんだぞ?」
「ええ、そなの!? 初耳なんだけど」
呪文を唱えるだけなんだから、必要な魔力さえあれば誰でも使えると思ってた。
「魔王と対抗するために人間に力を与えたって話は神王から聞いてるよな?」
「うん」
「俺もリーシャも生まれる前の話だから、これは人づて――いや、神づてに聞いたことだ。神々が下界に降りて魔王として荒らし始めた時、人間たちはほとんどが魔法を使えなかったんだ。今みたいに学校みたいな教育機関がないし、広まらなかった。使い方をわかっている者は自分の利益のために広めなかったって理由もある」
確かに自分だけ魔法を使える状態なら犯罪とかやりたい放題だもんな。そりゃ人に教えたくはないか。
「神々が直接魔王と戦えない以上は人間たちが自ら戦うしかない。……そこで、イメージを必要としない詠唱魔法を作ったんだ。当時の神々のうちの何人かが下界に降りて、人間たちに詠唱魔法を広めた――俺はそう聞いたよ」
「でも、それだとなんで神々は詠唱魔法を使えないの?」
「魔王と神々は同種の存在だってことはアウルも知ってるよな。魔王が詠唱魔法を使えるようになったら、そいつが生み出した魔族も使えるようになってしまうって事情だな。魔族が詠唱魔法なんて使えなくてもなんら困ることはないから、わざわざ工夫して人間にしか使えなくする意味があったのかは疑問だが――まあそうなってる」
「へえ、でもそのせいでちゃんとした魔法が広まらなかったっていうのが残念だね」
「当時の詠唱魔法は無詠唱と比べても劣化はしなかったんだけどな。呪文を唱えないといけないだけで」
マルグレット先生が言っていたことか。言葉の変化のせいで効果が落ちて来てるんだっけ。呪文を新しく作り直せばいいのにって思っちゃうけど、難しいんだろうな。また覚えなおしになるし。
「あっ、そういえば昨日はどこに行ってたの? 父さんが外に出るなんて珍しいよね」
「無職みたいな言い方はよしてくれよ……。俺もまあ仕事があるんだよ。お金は必要だからな」
「仕事っていうと冒険者とか?」
「いいや? 昨日はちょっと宮廷まで王と話しにな」
「王様と話してたの!?」
って、今さらか。この家だって王様から直接もらったって言ってたんだし。アレスとリーシャは英雄だし、そのときの繋がりかな?
「まあな。下界の情報収集には国のトップに聞くのが一番早いし、俺は英雄としてここにいるだけで金を貰えるし、ウィンウィンの関係だな」
どうやってお金を稼いでいるのかと思えばそういうことだったのか。……っていうかやっぱ無職なんだ。
「下界の情報収集って、なんでそんなことしてるの?」
「神王様からのお願いだよ。神々は下界の状況を確認するには下界に降りるしかないんだが、アウルと一緒に暮らしながら、たまに村に帰って報告してくれってな」
スパイみたいなもんか。少なくともこの国ではアレスは英雄扱いになっている。英雄が実は神様だったって話は聞いたことが無いから、周りからは普通の人間だと思われているんだろう。
王様はアレスが神様だって知ったらどんな顔するんだろう?
「もう、二人とも難しい話して……それより料理の反応を聞かせてほしいんだけど?」
話が一段落してから、母さんは呆れ顔で話に入ってきた。
「ああ、ごめんなさい。美味しいよ、特にこのサラダ」
「リーシャの作る料理は全部傑作だからな、俺の感想は美味いしかないぞ」
「アレスの美味しいは信用できないのよね。……前は黒焦げのじゃがいもを美味しいって言ってたし。ちょっと嬉しかったけど」
俺は夕食を食べた後、いつものようにお風呂に入った。温かいお湯につかっていると疲れがどっと出てきて、その後すぐに眠ってしまった。