第30話:剣技実技
――翌日。
午後の実技授業が始まった。今日は魔法ではなく剣技の授業の日なので、マルグレット先生と生徒全員が木刀を持って授業に臨んでいる。
「今日の実技は昨日の終礼で予告した通り、剣技の授業をするよ。二年生から魔法の道に進む人も、真剣に授業を受けてほしい。なぜなら剣を持った相手にも対応できる力が必要なんだ。凄腕の剣士の太刀筋を見切るには、優れた動体視力を養うことはもちろんだけど、自分で経験してみるのが一番効果的だ。この学院の試験に合格したということは、ほとんどの者がある程度剣を扱える。だから、その先に進まなきゃいけない。――向こうに用意した物を見てほしい」
マルグレット先生が指差した方向に生徒の注目が集まる。
そこには、丸太があった。入学試験で俺が斬った丸太と同じものだった。
「アウル君はあれを真っ二つにしちゃったけど……普通はそんなことできないからみんなには一センチの傷を与えることを目標にしてほしい。剣技が上手くなれば、ある程度斬れるようになるんだ。三センチの傷をつけられるようになるまでが今年の目標だから、頑張ろう!」
生徒たちの反応は様々だ。
「あ、あれを三センチ……そんなの無理だよ」
「入試でほとんど傷がつかなかったのに!」
「っていうかアウル君って本当にあれを真っ二つにしてたんだ!」
……ナチュラルに噂をバラしてくれやがったなあの教師。隠してるわけじゃないからいいんだけど、わざわざ言わなくてもいいよね!
「じゃあ、各々自由に剣の練習を始めてね。何かわからないところがあったり、不安なところがあったら僕に聞いてくれたら、アドバイスするよ」
説明が終わって、練習の時間になった。
ここで俺たち四人は動き出す。代表してエストが説明をしてくれることになっている。
「みんな、ちょっとだけ僕たちに時間を与えてくれませんか」
二十一人の視線がエストに集中した。
「あの丸太を三センチ斬るって目標だけど、一年と言わず最短今日でできるようにしてあげることができるんです」
ざわめきが起こった。マルグレット先生が一年生の目標と言っていた三センチを、最短で今日できるというのだから、注目が集まらないわけがなかった。
「で、でもそんなの本当に……?」
「いや、無理でしょ。【身体強化】みたいに一朝一夕でどうにかなるものじゃないし……」
「でもアウル組の人が言ってるんだし信じても……」
……アウル組って何? もしかして俺たち四人をまとめてそう呼んでる!?
「もちろん、今の時点である程度上手い人がなんとか終わるくらいの感じになると思います。僕たちに時間をくれませんか?」
二十一人の反応は微妙だった。さすがに信じられないということだろう。
「エスト、試しにお前がパフォーマンスしてみたらどうだ?」
「僕がですか?」
「出来るってことを証明すればついてきてくれるかもしれないぞ」
「……そうですね、他に良い案があるわけではないですし、そうしましょう」
そうして、エストは皆を引き連れて丸太の前まで移動した。丸太を斬る時だけに使う真剣をしっかりと構え、対象をよく見て準備している。
正直なところ、エストが三センチ以上斬れるかどうかは半信半疑だった。彼にはかなりの伸びしろがあったから、ポテンシャル的には近いうちに必ずできるはずだ。……でも、昨日の今日でできるかはわからない。
「では、いきます」
エストが滑らかな動きで剣を振った。
入学試験で見た時より何倍も良い動きになっていた。本当にあの短期間で技を盗んでしまうとは――やっぱりエストは優秀だ。
丸太に勢いよく刃が入っていく、少し進んだところで静止した。マルグレット先生が丸太についた傷の深さを計測する。
「――五センチ……! し、信じられないよ! こんなの卒業間近の三年生でもなかなかできないのに……」
どっと歓声が漏れる。
「す、すごい……!」
「エストだっけ? アウルだけじゃなくてあいつも凄かったのか!?」
「俺、入試の時に見たことあるの思い出した! 剣も魔法もかなり凄かったっけ」
「エスト君! ぜひ教えてください」
「抜け駆け禁止! 私にも教えて!」
「俺が先だって!」
大変な騒ぎになってしまった。エストもさすがにこれは予想外だったのか、目をぱちぱちさせて驚いた様子だ。あいつのこんな顔見たの初めてかもな。
「教えられるのは僕だけじゃないですよ! セリカも、アンナもちゃんとできる。僕は男子を教えるから、女子は二人の方へ!」
エストが二人を紹介すると、彼女たちの方に女子生徒がすぐに集まった。
さて、俺も男子の方を教えにいくとしようか。
と、一歩進んで時だった。
「アウル君、ちょっといいかな?」
「なんですか? マルグレット先生」
もしかして授業を半分ジャックしたことを咎めるつもりなのか? どんなことを言われても辞めるつもりはないけどな。
「まずは、授業に協力してくれてありがとう」
「……へ?」
「教師一人の力では、なかなか全員を見ることはできない。できる生徒ができない生徒に教えて、その連鎖が広がる――理想的な教育だ」
「はあ」
「おかげで僕は特にやることがないんだけど……アウル君もそうだよね」
「俺はエストと一緒に男子の方を教えようかと思ってたんですが」
「そうか……なら本当にすまない。この通りだ」
マルグレット先生は俺に頭を下げた。意味が分からない。
「先生、頭を上げてください。生徒に頭を下げるなんてどうかしてますよ」
「分かっている。だけど、アウル君の時間を奪ってしまうお願いをするんだ。このくらいはさせてほしい」
「だから頭を上げてくださいって。……それで、お願いって何ですか?」
「僕と模擬戦をしてほしいんだ」
「俺と?」
「僕の剣の腕は、アウル君に正直なところ負けていると思っている。……そして、これからも勝てないと思う」
「あえて否定はしませんけど、そんなことしたら先生の面子が潰れますよ?」
「分かっている。でも恥を忍んででも、アウル君と決闘しなければ僕は成長できないと思うんだ。どうか、先生に協力してくれないか?」
勇者学院の教師は、勇者を養成するという関係上強くあらねばならない。生徒より弱くては、話にならないのだ。実際、俺たちを除くS組の生徒の誰よりも強いと思う。
そこまで強くなるためには血が滲む努力をしてきたんだと思う。マルグレット先生はあまり好きなタイプじゃないけど、自分の弱さを認めて模擬戦を申し込むなんてなかなかできることじゃない。
ここまで頼まれたらさすがに断れないな。
「わかりました。……でも、一回だけですからね?」
「本当にありがとう。……よろしくお願いします」