第2話:魔法の才能
俺がアレスから剣を教わりだしたのは三歳の時だった。アレスとリーシャは俺に力を身に着けさせるのが親としての務めであると考え、俺に英才教育を施そうとした。
俺の三歳の誕生日に二人が俺の教育方針で夫婦喧嘩をしていた。
剣士アレスは剣技を教えたいと言い、賢者リーシャは魔法を教えたいと言った。
喧嘩はヒートアップし、いつ家が壊れるかわからないくらいの状況。そこで俺は言った。
「どっちも教わりたい」
二人は目を丸くして、顔を突き合わせた。
「「なるほど、それはいい!」」
それから二年が経ち、ついにリーシャによる魔法の勉強が始まった。ちょうど俺が前世を知った次の日だ。
三歳ではまだ魔力の量が十分ではなかったので、十分な魔力が保有できるようになるまで地道に魔力を増やす訓練だけをしていた。
魔力の総量を増やすには、地道なトレーニングをするしかない。剣技を学ぶ上でも体力強化は不可欠だったので、午前に体力強化、午後に剣の練習というルーチンで生活していた。
今日からは午前を魔法の練習に、午後に剣の練習をすることになる。体力強化も並行して行うが、早朝と夜の二回に分けてすることになった。
早朝の体力強化を終えて、魔法の時間になる。
「母さん、魔法を使えるようになるとどんなことができるの?」
「そうね、木を簡単に燃やすことができたり、畑の水やりが楽になったり、怪我をすぐに治せるようになるわよ。凄いでしょう?」
「確かに凄いけど……地味だね」
「逆に言えば普段の生活に使える優れ物なのよ。悪い人は魔法を使って変なことを考えるけど、アウルはそうなっちゃダメよ?」
「わかってるよ、母さん。悪いことには使わない」
「じゃあ、そろそろ始めるわね」
リーシャはいくつかの薪を持ってきて、平らな石の面の上に置いた。
「まずは火の魔法を使えるようになって、この薪に火がつくのを目標にしましょう。母さんがお手本を見せるわね」
リーシャは俺の隣に来て、薪に向かって手を向ける。
それから何の詠唱をすることもなく、突然薪に火が付いた。パチパチと音を鳴らして、焚火みたいだ。
「凄い! いつもお風呂を沸かす時にはこうしてるんだね!」
いつもは危ないからと薪を燃やすときは呼んでもらえなかった。
「ふふっ、初歩魔法も意外と役立つの。それが魔法の良いところなのよ」
リーシャは嬉しそうに笑って、新しい薪を用意した。
「魔法で大事なのはイメージ力よ。確かな火のイメージを頭に浮かべればできるようになるわ、きっと」
「わかった、やってみるよ!」
俺は目の前の薪をジッと見つめて、火をイメージする。火は酸素を使って燃えている……小さな火が酸素を勢いよく燃やすイメージで……。
エネルギーとなる魔力が不足しないようたくさん練ることも忘れない。使う魔力量が増えるたびにコントロールが難しくなるけど、これも慣れの問題で、すぐに安定してきた。
すると、突然目の前の薪が勢いよく燃え上がった。赤い炎が薪を一瞬で焼き尽くした。
あれ? 意外と魔法って簡単なのか? まあ初歩魔法らしいし、これくらいできて当然だよね。
逆に抑える方が難しいとかそういう感じのことなんだろう。うん、そうに違いない!
「ごめん、母さん。俺未熟だから弱い火を出すのが苦手で……」
リーシャは俺の魔法により轟轟と燃える薪を見て唖然としていた。
「ア、アウル……あなた本当に今まで魔法を使ったことが無いのよね!?」
「え? ……うん、今初めて使ったけど、母さんの言う通りちゃんとイメージしたら火を出せたよ?」
多分間違ってないよね? ちゃんと火は出せてるし。
リーシャはぼそぼそと俺に聞こえないくらい小さな声でボソボソと独り言を呟いていた。
「今初めて使った魔法がここまでの高火力なんて……剣だけじゃなくアウルは魔法の才能もあったんだわ! こ、これはアレスに負けてられないわね。魔法をもっともっと教えてこの子を賢者にしないといけないわ!」
「母さん、どうかしたの?」
「ううん、なんでもないの。アウルが使った魔法だけど……ちょっと火力が物足りないわね。もうちょっと強くはできないのかしら?」
「うーん、できるけどこれ以上火種を大きくすると家が燃えちゃうから」
「そ、そこまでできるのね……」
あ、でも火力なら火種を大きくするだけじゃないよね。
「家が燃えちゃうくらい大きな火を起こすんじゃなくて、熱の温度を上げるとかはどうかな?」
「熱の温度を上げる……? そんなことが初期魔法だけでできるの!?」
「やってみないとわからないけどね」
俺は燃えてしまった薪の代わりに新しい薪を並べる。
それから定位置まで戻って魔法の準備をした。
火は酸素を使って燃えている。たしか、温度を上げるには酸素量を増やせばよかったはず。俺は周りの酸素を一気に集める感じイメージして、火の魔法を使った。さっきよりは魔力の量を少なく調整して、火種自体は小さくする。
さっきの赤い炎とは違う青い炎が薪をパチパチと鳴らしていた。
「これでどうかな?」
「す、すごいわ……! 今日が初めてとはとても思えない! ……もっと色々なことを教えてあげるわ! アウルには魔法の才能があるんだもの!」
魔法の才能あるの? 俺に?
賢者の母さんが言うってことは本当なんだろうな。よーし、母さんの期待を裏切らないよう頑張るぞ!
「本当!? 次はどんなことを教えてくれるの?」
「今回は火だったから、次は水魔法の使い方からにしようかしら。こっちに来てくれるかしら?」
「わかった!」
◇
リーシャがアウルに魔法を教える様子を見ていた男がいた。金髪のダンディな男――アレスだ。
「これは、本格的にヤバいぞ……」
彼は二年前からアウルに剣を教えていた。世界最強の剣士と呼ばれた彼の目から見ても、アウルの剣の才能は凄かった。冗談抜きで成人するまでには――いや、もしかしたらもっと早く彼を抜き去ってしまうくらいの才能がある。
そのくらい剣の才能があったから、アウルは剣の道に進むのだと盲信していた。……だが、現実はそれを遥かに上回る結果で否を突き付けようとしている。
アウルにはとんでもない魔法の才能があったのだ。世界最強の魔法使い――賢者のリーシャを将来的には軽く超えてしまうくらいの才能を持っている。
そうなれば、もしかしたらアウルは剣よりも魔法を選んでしまうかもしれない。どちらを選ぶにしても、それはアウルの自由だ。……だが、魔法の方が得意だからという理由で道を決めてしまうのは、師として思うこともあったのだ。
「アウルには魔法の才能がある。……だが、それを超える力を剣で身に着けさせよう」
アレスはそう決心し、とあることを考えた。