第1話:前世の善行値
転生した俺には、前世の記憶が一部なくなっている。
俺が生きてきた世界――地球という星の日本という国では科学が発達し、高度な文明を築いてきた。それに比べて、俺が育った神々の村は昔話で聞いたような静かな田舎村だ。
日本語や日本の文化に関しては確かに覚えている。だが、前世の俺がどんな人物で、何をしていたのかが記憶から抜けていた。
「――っとう!」
俺は訓練用の木刀を父であるアレスに振る。
俺の攻撃は風を切るように彼の木刀に当たり、キンっと音を鳴らせた。あまりに大きな衝撃だったので、庭の木々がわさわさと揺れる。
素早く後退し、体勢を立て直してもう一撃――はできなかった。
いつの間にか後ろにいたアレスの木刀が俺の頭にコツンと当って、試合が終了した。
「さすがだよ、父さん。もうそろそろ勝てるかなって思ったけどまだまだだった」
アレスはそんな俺を見てしばし押し黙っていた。
そして、
「いや、五歳でこの剣の腕……十年後にはとっくに追い抜かれてもおかしくない。信じられない成長速度だ」
「……父さん?」
「あーいや、こっちの話しだ。なんでもない。それにしてもさっきの一撃はなかなか良かったぞ、アウル」
「本当!? いやー、かなり自信があったんだけどあっさり受けられちゃってビックリしたよ!」
「俺も現役の頃は誰もが認める世界最強の剣士だったからな。まだまだ負けるわけにはいかねえよ」
俺の父さん――アレスは神様だ。見た目は普通の人間と変わらないから、神様って感じはあんまりしないけど、その実力は本物。俺が知っている記憶の中の剣士はこんなに凄い技を持っていなかった!
「それで、さっきの約束だけど……合格ってことでいいのかな?」
アレスは少し考えるような素振りをする。
「……わかった、いいぞ。どうせいつかは話さなければならんことだ」
「ありがとう、父さん!」
それから、俺とアレスは居間のテーブルに座った。
母のリーシャもアレスの隣に座って、俺と対面する形になる。
四十台とは思えないほど美人なリーシャ。彼女とアレスは結婚していたが、子宝に恵まれなかった。そんな時に現れた俺を我が子のように育ててくれたもう一人の親だ。
「俺の前世の記憶――どんな人物で、どんなことをしてきた人なのか教えてほしいんだ」
俺が今日の模擬戦でアレスと良い勝負ができたら、そのことを教えてもらう約束だった。二人は俺が転生したすぐ後に俺の魔力を調べ、俺の前世を知っている。
前世のことを知ってどうなるというわけでもないけど、単純に興味があった。
俺の質問に、アレスが口を開く。
「そうだな、まずアウルの前世はとんでもない善人だったらしいぞ」
「俺が善人?」
「そうだ。神王様の話によれば、この村に転生する人間は前世で多大な善行をした者らしい。アウルがここに生まれてきたということはそういうことだ」
「アウルを川で拾ったときは本当に驚いたわ。人間がこの村に迷い込むなんてありえないもの」
「それほどの善行をするなんて……一体どうやったんだろう」
善行の基準は、どれだけ多くの人を幸せにしたかというものと、どれだけ多くの人に迷惑をかけたかの二種類を総合して決定するのだという。
下界に住む普通の人間たちの善行値は大体百万ポイントほどだという。
犯罪者などマイナス値になる人も稀に存在するが、ほとんどいない。一人の人間の一生は短いので、できる善行には限界があり、聖人と呼ばれる人でさえ生涯で一千万ポイントが限界だ。
「まず、アウルの善行値は二十一億四千四百七十八万三千六百四十七だった」
……ちょっと何を言っているのか聞き取りずらかったな。まだこの世界の言葉を完全には覚えられていない。特に数字はちょっと苦手なのだ。一つずつ日本語に直して……。
2147483647。
……多っ! 多すぎでしょ! どうやったらこんなに善行を積めるの!? 自分のことながらわけわかんないよ!
っていうかこの数字どこかで見たような……何かのカンスト値だったと思う。俺個人に強く関係する記憶だったのか、この辺の記憶は曖昧だ。
「ちょっと待ってよ、下界の高名な聖人様でもそんなの無理なんでしょ!?」
「それがな、どうやらアウルが前世でやっていた職業に関係があるらしいぞ」
「職業?」
「ゲームプログラマー? って言うやつらしくてな。アウルは仕事を通じて全世界の人間たちに幸福を与えたらしい。よくわからないが、アウルのいた世界では直接人と会わなくても幸福を与えることができるらしい。……それで、いつの間にかとんでもない善行ポイントになったということらしいぞ」
ゲームプログラマー……どこかで聞いたことがある職業だ。俺の知っている日本は西暦2019年頃。当時の世界ではソーシャルゲームと呼ばれる手軽に遊べるゲームが流行っていた。
人気のゲームは世界中で遊ばれるから、そのプログラムを組んだ人間は間接的にだが、幸福を与えたということらしい。
確かにそれなら善行値がカンストしたとしてもありえない話ではないかもしれない。
「なるほど……教えてくれてありがとう。前世の俺に負けないように、頑張るよ」
「ま、できる範囲でやればいいんだよ。俺としてはアウルが幸せになってくれさえすればそれでいい」
「そうよ、アウル。ちょっとだけ欲を言えば生きている間に孫の顔を見たいけどね」
「ははっ、まだ気が早いよ。まだ俺は五歳だよ?」
前世のことを聞いても俺の人物像に関することはよくわからなかった。……でも、長年の疑問が解消されたことでスッキリした。
俺にたくさんの愛情をくれて育ててくれているアレスとリーシャを悲しませないように立派な人間にならないとな。