第18話:ホームルーム
S組の教室は三階の一番奥の部屋だった。他の教室よりも若干広い造りになっていて、同じ数の机と椅子があっても開放感がある。
黒板には『自由に座るように』とだけ書いてあり、既に集まっている数人の生徒は指示通り座っていた。
全て三人掛けの席になっているので、ちょうど三人で固まれそうだ。
一番後ろの窓際の席を指差して、二人に確認する。
「ここでいいか?」
「私はどこでも」
「賛成ー! そこにしよ!」
全員一致で場所が決まった。
俺が窓際一番目、セリカが二番目、アンナが三番目という順番。
俺たちが座った直後くらいからたくさんの生徒が入ってきて、次々に席が埋まった。二十五名全員が集まってから五分くらいで、担任教師が教室に入ってくる。
まだ二十代くらいに見える若い男の教師だ。優男風で、眼鏡を掛けている。なんとなく気に入らない見た目だけど仕事はしっかりやってくれそうなタイプだと思った。
「二十五……よし、集まってるな」
教師は念入りに数えた後、黒板の名前を書いた。親しみやすいようにと考えたのか、ニコッと爽やかな笑顔を生徒に向ける。
「僕の名前はマルグレット・オービスだ。君たちを三年間で立派な勇者にしてみせる。僕は残念ながら勇者にはなれなかったけど、こうして未来の勇者たちと関われる仕事に就けて光栄に思っている。僕の立場は先生だけど、マルグ先生と愛称で呼んでくれると嬉しいな」
生徒からの反応も上々だ。緊張していた生徒の肩の力が少し抜けたようで、教室の中の雰囲気が少しだけ穏やかなものになる。
先生としては完璧だなと思った。
「じゃあ今日はみんなで自己紹介をしていこうか。名前と得意なこと、あと一言あれば何か言ってみてね。……ええと、じゃあ窓際の一番後ろの列からにしようか。君、いいかな?」
まさか一番が俺とはな……。でも、自己紹介は必ずあると思っていたから内容はちゃんと考えてある。
「俺の名前はアウル・シーウェル。得意なのは攻撃魔法と剣技。小さな村で過ごしてきたから集団生活にはちょっと緊張してるけど、仲良くしてくれると助かるよ」
俺の自己紹介が終わって、パチパチと拍手が起こる。……なんとか無難に終えられた。
一部の生徒からはヒソヒソと声が漏れてきた。
「アウル・シーウェルって確か入学試験の時に水晶を壊したって噂だけど本当かな?」
「俺は焦げないはずの特殊合金を焦げ付かせたって話だと聞いたけど」
「いやいや、絶対に真っ二つにならない丸太を真っ二つにしたって聞いたよ?」
「さすがにそれは嘘でしょ? 合格確実と言われていたヒューゴ様を二次試験で破ったって噂だったと思うけど」
「ど、どれが本当なんだ!?」
……全部本当です。どうやら、入学試験でかなり目立ってしまっていたようだ。俺としては目立っても困ることはないけど、こんな風にヒソヒソと俺の知らないところで噂されるのはあんまり気分が良いものじゃないな。
拍手が鳴りやむと、マルグレット先生の視線がセリカに移る」
「ありがとう、アウル君! ……じゃあ次は隣の子、いいかな?」
「は、はい!」
俺に続いて、セリカが自己紹介を始める。
「セリカ・エイミスです。得意なものは治癒魔法ですけど、攻撃魔法もちゃんと使えます。初めての人と話すのはあんまり得意じゃないんですけど、よろしくお願いします」
次にアンナだ。
「私はアンナ・セルシエル! 剣技が特に得意よ! ……というか、剣だけで合格したと言っても過言ではないわ! みんな、よろしくねっ!」
アンナの自己紹介が終わると、俺とセリカの時より大きい拍手が起こった。……これがコミュ力の差ってやつか。
「アンナちゃん良いよなぁ、ああいう活発なの大好きだよ」
「いやいや、セリカちゃんみたいなクールビューティーの方が良いに決まってる!」
「男子変な目で見すぎ……」
俺については何も言わないのな。いいんだけどさ。
その後も二十二人の自己紹介が続いた。はっきり言って、ほとんど覚えていない。だって一度自己紹介をしたくらいで全員の名前を覚えられるほど記憶力が良くないから。
他のみんなだってそうだろう。
顔を見ればどんな人か思い出せるくらいのものだし、一人一人に関しては仲良くなってから徐々に知っていけばいい。
「じゃあ今日のホームルームはここまで! 明日からは本格的に授業が始まるから、教科書を忘れずに持ってくるように! ちなみに、置き勉はダメだからね? ……ということで、解散!」
マルグレット先生が解散を告げた直後、セリカとアンナのもとに多数の男子生徒が詰めかけた。
「セリカさん! 俺と友達にならない?」
「ごめんなさい。もうちょっと考えさせてください」
「アンナちゃん今日の予定ある? もしなかったら俺と……」
「ごめんね。今日はちょっと忙しいの」
二人は苦笑いを浮かべて、一人一人丁寧に断った。可愛い女の子ってのも大変だな。
ほぼ全員が諦めたようだけど、一人だけ残っている男がいた。
身長がちょっと高めのイケメン風の男。普通の女ならイチコロだろうけど、相手が悪かったな。
「セリカとアンナはあんな感じだから諦めた方が良いぞ」
するとその男は俺の忠告を気にする様子はなく、
「セリカさんもアンナさんも魅力的な女性だとは思いますけど、僕はアウル君の方に興味があるんですよ」
「……お前ってホモなの?」
「まさか、僕は異性愛者ですよ。それよりもアウル君と仲良くなりたいなって思いが強いんです」
……変な奴だなぁ。俺のどこに注目することがあるんだろう? みんな遠巻きにみて近づいてこないのに。
「しかしお前……どこかで見たような」
数日前にどこかで見たような気がするんだけど、思い出せない。王都の住宅街に住んでいるなら顔を合わせたことくらいはあるのかもしれない。
「入学試験の時でしょう。僕はAブロックの一番目、アウル君はそのすぐ後ろだったんじゃないですか?」
「ああっ! あの時の奴か。……あの詠唱は正直酷かったぞ」
男は苦笑して、
「無詠唱であんなに高レベルな魔法を使えるアウル君が凄いんですよ。僕はこれでも優秀な方だと自負しています」
「へえ、面白いことを言うんだな」
「信じてないの丸わかりですよ……。まあいいです。改めて自己紹介をすると、僕はエスト・マイステル、魔法と剣技が両方得意ですよ」
少し話してみた感じでは、悪い奴では無さそうだ。どちらかというと素直な感じで、好感が持てる。同じ優男タイプでも、マルグレッド先生よりエストの方がなんとなく絡みやすい。
「お二人に比べれば僕には美貌がまったく足りていませんが、仲良くしてもらえると嬉しいです」
エストは右手を差し出し、握手を求めてきた。
俺も右手を出し、彼の手を握り返す。
「これで友達成立ですかね?」
「まあ、そんなところだな」
こうして、俺の三人目の友達が出来た。俺は女としか友達にならないわけじゃない。話してみていい奴そうなら、仲良くしたいと思っているのだ。
「下校するんですよね? 僕も途中までご一緒して良いですか?」
王都リンシアの住民はほとんどが住宅街のある地区に住んでいる。だから、必然的に途中までは全員同じ道を通るのだ。
「もちろんだ。友達だからな」