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第16話:居候

「お待たせ。ねえ……本当に行くの?」


「下見だけだしすぐに終わる。時間は取らせないよ」


 どうやらまだ乗り気じゃないらしい。でも、このまま放っておくのもどうかと思うんだよな。この辺の部屋は学生用の質素な場所でも最低三万リール。諸々の生活費と合わせて月に七万リールかかるとすると、時給千リールで七十時間。

 休日の土曜日と日曜日をフルに使えばなんとか生活はできるけど、そんなに無理してたら身体が持たない。


 俺はセリカの隣を歩いて、商業地区を抜ける。住宅街に入ってしばらく歩いたところで足を止めた。


「本当に大きい……こんなところに住んでるなんて、アウルは何者なの!?」


「俺も越してきたのは最近だよ。なんか王様がくれたって聞いたけど」


「お、王様!?」


 驚いているセリカを他所に、扉の前でポケットを手探りで確認する。


「あっ、鍵持ってくるの忘れてた」


 合鍵を渡されていたのだが、うっかり持っていくのを忘れていたのだ。扉を閉めると自動的に鍵が閉まるので、鍵が無いと開けることができない。


「どうするの?」


「ここを押せば内線に繋がるから、開けてもらうよ」


 ドアの隣に設置されているボタンを指で押した。インターホンのような仕組みで、居間と連絡が取れる。中にはアレスとリーシャがいるはずなので、頼めば開けてくれるはずだ。


「はい、どなたですか?」


 母さん――リーシャの声だった。


「母さん、俺だよ。鍵を忘れて入れないから開けてほしい」


「アウル? 待ってて、すぐ行くから」


 家の中からドタドタという物音がして、本当にすぐ鍵を開けてくれた。

 扉が開く。


「ご苦労様、アウル――ってあら、隣の可愛い女の子は誰かしら?」


「俺の友達のセリカだよ。昨日話したと思うけど」


「ああっ! その子がセリカちゃんなのね! 今日は遊びに?」


「いや、その……下見というかなんというか」


「セリカ、何も遠慮することはないんだぞ」


「い、いきなり無理……」


 アレスもリーシャも変わり者だから本当に気にしなくていいんだけどな。

 ここは俺から事情を説明しておくか。


「母さん、父さんはいる?」


「居間にいるわよ」


「丁度いい。セリカを交えてちょっと話をできないかな?」


「お部屋は片付いてるし大丈夫よ」


 部屋は片付いているんじゃなく何もないが正解な気がするんだけど、細かいことはいいや。


「おじゃまします……」


「ただいまー」


 玄関を上がって、そのまま居間に直行する。父さんは剣の手入れをしているところだった。週に一回、真剣にサビや刃こぼれがないかチェックしているらしい。


「父さん、こいつが昨日言ってたセリカだ」


「おおっ、これが昨日言ってた美人のお嬢ちゃんか!」


「美人……?」


 セリカは信じられないとでも言いたげに俺を見る。

 え? セリカは誰がどう見ても美人だと思うんだけど、俺なんかおかしなこと言ったかな?


「ちょっと父さんと母さんも交えて四人で話したいことがあってね」


 それから、俺とセリカ、アレスとリーシャで対面する形で話し合いが始まった。どこの家庭にもある家族会議というやつだ。セリカはまだ家族じゃないけど、これから家族になるからこの呼び方で間違ってないのだ。


「……ということでセリカを住まわせてやりたいんだ」


 セリカが生活費を稼ぐのに苦労していること。このままだと勇者学院に入学すれば両立が難しくなること。なんとかしてあげたいということを伝えた。


「なるほどなぁ。……アウルの言いたいことはわかった」


「セリカちゃんねえ……なるほどね」


 二人はセリカをジッと見た。


「その……やっぱり私、結構なので! アウル君はこう言ってくれてますけど、色々と難しいことはわかるので」


 セリカがその場を立とうとする。


「待って、話はまだ終わってないから」


「うぅ……」


 早とちりが過ぎるよ……。まだ何も言ってないじゃん?


「アウル……悪いが、一つだけ言っておきたいことがある」


 アレスはちょっと決まりが悪そうにリーシャとセリカから目を逸らして、俺の目を一点に見る。


「……婚前交渉はダメだぞ?」


「しないよ! ……何か勘違いしてるよね!?」


「し、しませんっ!」


 俺とセリカがあらぬ疑いをかけられそうになってしまった。一つ屋根の下で過ごすからってちょっと妄想逞しすぎない!?


「私もそこだけが心配なのよ。……こんな美人の子を連れてきてもし間違いが起きたら大変なことになるわ!」


「母さんもかよ! 神に誓ってしないから!」


 神――すなわちアレスとリーシャだな。嘘はついてない。


「そうなの? ならいいんだけど。アレスもいいわよね?」


「俺としてはそこだけが心配だったからなぁ。他に言うことはないぞ」


「そう、じゃあセリカちゃんの部屋を準備しなくちゃね。あら、何もないんだったわ!」


 二人のやりとりを目の前にしてセリカはぽかーんと口を開けて驚いていた。


「な? 言った通りだったろ。変わり者だって」


「あ、あの……! 本当にいいんですか? 私なんかが厄介になってしまって」


「厄介も何も、困っている子を見過ごすわけにはいかないさ」


「これこそがアウルに学んでほしいことの一つでもあったのだし、反対する理由がないのよ」


 俺に学んでほしいこと……? 初耳なんだけど、なんだろう?

 しかし聞こうとしたらセリカの声に遮られて聞けずじまいになった。


「正直、私としては本当に助かります! この御恩はいつか必ずお返ししますから!」


「気にしなくていいのよ、一人増えたくらいでそんなに変わらないし、部屋も腐らせるより使ってもらった方が幸せよ」


「うむ、賑やかになることはいいことだからな。広い家だけに物足りないと思っていたんだ」


 アレスもリーシャも歓迎ムードになっていた。ってか、婚前交渉を心配しすぎだろこの親!

 そもそも、俺はこの二人がセリカを住まわせることに反対しないことは知っていた。神様の存在意義は人間の傍観と救済。


 ……困っている若い女の子を放っておけるような人たちではないのだ。長い間同じ屋根の下で暮らしていれば、自ずと価値観もわかってくる。そうじゃなかったら、『うちに来ないか?』なんて言うわけがない。


「じゃあセリカの部屋は俺の部屋の隣ってことで決定な。案内するからついてきてくれ」


「あっ……うん!」


 俺はセリカを連れて、居間を出る。階段を上り、二階に上がった。手前の部屋を過ぎて、奥の部屋に連れていく。


「ここが使いやすいんじゃないかな。まだ掃除をしただけで本当に物がないけどな」


 部屋の中にはベッドすらなく、照明が一つついているだけの殺風景な部屋だ。


「素敵な部屋……凄い!」


 セリカは何でもない部屋を見ただけなのに、目をキラキラさせて喜んでいた。


「じゃあ今取ってる宿を今日限りで出て、荷物はこっちに持ってくる。……それでいい?」


 最終確認だ。ちゃんと両親の許可も取ったけど、最終的にはセリカが同意しなければならない。断るなら引き留めはしない。……俺にそこまでする権利なんてないしな。


「うん! 今すぐ宿行ってくるね!」


「荷物多いだろ? 俺も手伝うよ」


「本当に!? 助かる!」


 セリカの荷物は思っていたより大した量はなかった。本当に生きるのに最低限必要なものばかりで、これまでの苦労を垣間見た気がする。


 朝の体力強化や魔法、剣の練習にも付き合わせて、入学までに少しだけ新しいことも教えた。

 そうして、入学式の日を迎えた――。

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