第6話 習うより慣れろ
「よろしくお願いします」
「うむ」
黒髪黒目の紅いワンピースが良く似合う美少女。
その少女に、俺は深々と腰を折り頭を下げる。
魔女エニル。
遥か昔、その身を森へ変えたという逸話の残る魔女。
目の前にいる少女こそ、その伝説の魔女その人だ。
もっともその見た目は幼く。
どうみても10歳前後にしか見えないが。
「なんじゃ?人の顔をじろじろ見おって?さては惚れおったな」
そう言うと彼女は妖艶に笑う。
その妖しい色香の漂う表情に思わずどきりとさせられ、彼女が長い時を生きる魔女だと再確認させられる。
「違いますよー。ヘタレさんはー、レルに惚れてるんですよー」
レルは俺の事を当たり前のようにヘタレと呼ぶ。
失礼極まりないタヌキだ。
「お主のその自信は何処からやってくるんじゃ?」
「目を見ればわかりますー」
全然わかってない事はよく分かった。
「不細工なタヌキにどこの誰が惚れるというんじゃ?」
「酷いですー。エニル様だってー、若作りのば」
言葉を言い終えるよりも早くレルは豪快に吹っ飛んでいき。
20メートルほど先にある太い柱に、凄い音をたてながらぶつかり止まる。
ぴくりとも動かない姿を見て。
今度こそ冗談抜きで死んだのではと、尋ねてみる。
「死んでしまったんでは?」
「安心せい、仮にも竜じゃ。あの程度では死なんよ。動かんのは只の狸寝入りじゃ」
「そうなんですか」
なんだまた狸寝入りか。
ん?いや待て。
今竜って言わなかったっけ?
「あの、今竜って?」
「ん?ああ、あ奴は竜じゃぞ」
え?マジなの?
どっからどう見てもタヌキなんだけども?
竜って最強クラスのデカい蜥蜴のモンスターってイメージがあるけど、この世界ではタヌキがそのポジションなのか?
「間抜け面をしおってどうした?」
「い、いえ。竜ってこう、もっと大きくて蜥蜴の化け物ってイメージがあったもので」
ドラゴンスレイヤーという称号には少なからず憧れがあったのだが、対象があれでは途端にしょぼく感じてしまう。
所詮憧れなどという物は、はかない夢なのだと痛感させられる。
「あっておるぞ」
「へ?」
「お主の言うイメージであっておる。あれは魔法で姿を変えておるだけじゃ。竜のままの姿じゃと、図体がでかくて邪魔でしょうがないからな」
成程、竜イコールタヌキじゃなくて本当に良かった。
最強のモンスターがタヌキとか。
危うくファンタジーに幻滅するところだったぜ。
「さて、それではそろそろ魔法の訓練と行くか」
「はい」
「私はちんたらやるのは好かん。そこでお主には私の即死魔法を受けて貰う」
「へ?」
いまなんつったこの人。
受けろって言ったのか?
即死魔法を!?
「習うよりも慣れろじゃ!ゆくぞ!」
「いやいやいやいやいやいやいや!ちょっと待ってください!そんなことされたら俺死んじゃいますよ!」
そもそも喰らって魔法を覚えるとか絶対無理だろ。
「安心せい。即死魔法は余程力の差が無ければ成功率はそこまで高くはない。お主なら6割は弾けるはず」
「4割で死ぬとかいやですよ!」
「問答無用!」
彼女が詠唱を始めたとたん、エニルの周囲を紅く光り輝く球体状の紋様が包む。
その紋様は詠唱が進むにつれ、その様相を刻々と変え。輝きは淡い紅から、深紅の輝きへと色づいていく。
不味い!本気だ!
俺は身を翻し走る。
魔法が完成する前に、その射程距離から逃れるために。
50メートル!いや、100メートルは欲しい!
一歩でも遠くへと逃れる。
その為に足を前に出す!
そして転ぶ!
え!?
転ぶ???
崩れ逝く態勢の中、足元を見るとタヌキがいた。
タヌキのスライディングで豪快に吹っ飛ぶさなか、凄まじい悪寒に全身を襲われ。
俺の意識は闇へと落ちて行く。