そしてまた……
泉美と蘭 7
「ねえ」
「……」
「ちょっと待ってよ」
「……」
「蘭」
「触らないでっ」
「……」
「私はやっぱり、帰ってくるべきじゃなかった」
「どうして……、あんなに楽しく、歌ってたじゃない」
「狂ったようにね」
「狂った……?」
「一緒にいると、おかしくなるの……。ほら私が、よ」
「……」
「わかるはずよ。わかって。……どうしてわからないの……、私のためよ……」
父 4
「これで三度目だ。……いちばん最初にママ。そして蘭。そして、また蘭……。泉美は、姉が出ていくのを呆然と見送っていた —— 昨日はあんなに楽しそうな足音を立てていたのに ——。俺はあいつらのことを知っている、そう思っていたけれど……、俺はあいつらを知ってはいたけれど、思えばそれはひとつの真実じゃなかった。うまく言えないが……、ふたりが合わさったとき、あいつらはまるで化合物のように別の存在になるんだ。ふたりでひとつ、俺自身そう言ってきたにもかかわらず、俺にはその意味がわかっていなかった —— ひとつのなかにふたりが存在する混合物のようなものだと思っていて、化合物だとは思っていなかった ——。ふたりでひとつというのは……、きっと、想像以上に、あいつらを透明にしてしまうことだったんだ。……ドアの向こうで泣いている……、残されたあいつが……、でもほら、やっぱり俺の足は硬直して、踏み入れることができないんだ。だから……、ノックの形で手も固まって……、あいつは、俺がいますぐ外にいることに気づいているのだろうか……。ふしぎな感覚だが、俺は、あいつよりも蘭のことのほうがよくわかっている気がしてきた。少なくとも、想像はしやすい。あいつは —— ママに似ている —— そんな気がする……、ただ……、ママと違って、蘭はいちど帰ってきてしまったから……、それがまた出ていったばかりだから、ママのようになるには —— つまり俺のなかで永遠の静止画となってくれるまでには —— それなりに、時間がかかるのだろう。……泉美は、なぜだかいちばん遠くにいる気がする……、それでいて、愛おしくて……、情けない話だが……、すがりたくもなる……透きとおった糸のような……」
「……ぱ、パパ……」
「……」
「目玉焼き、作るね……」
(了)