コロンブスの卵
泉美と蘭 6
「泉美」
「……えっ」
「……」
「なに……?」
「なにをボソボソ言ってるのよ」
「……私?」
「そう。『蘭が出てっちゃった日、さ……』って」
「……私、ボソボソ言ってた?」
「そう、言ってた」
「ごめん……」
「ねえ、もしかして」
「なに?」
「泉美……、私が出てったの、自分のためだと思ってる?」
「……」
「思ってるのね」
「……」
「それをボソボソ言ってたのね」
「……」
蘭 7
「私が出てったのは泉美のためなんかじゃない。……もしかして泉美には、あのときの記憶がないの ―― それか、ショックが大きすぎて、脳が曖昧にごまかしちゃってるとでもいうの ――? ……気づいてないなんてことはないはずよ。私はあなたに、ものすごく残酷な競争心を持っていて……、たしかに、私も喧嘩のきっかけは忘れてしまった。でもほら、大事なのはそこじゃなくて ―― それはきっかけにすぎないから ――、私たちはいつも ―― だからほら ―― うまく言えないけれど……」
「蘭……?」
「入りこまないでっ」
「……」
「……私はあのとき、泉美の思考を読んだ。というより ―― 泉美の思考が、わかってしまった ――。……私は、泉美がこの部屋を出ていこうとしているのに気がついて ―― 泉美は出ていきたいのね、この生活に終止符を打って……。あなたは、コロンブスの卵、みたいなこと考えてるんでしょ。最初に思いついたのは自分だって、そう思って笑ってるのね。顔では怒ったような悲しいようなふりをして、心の底では笑っているんでしょう。自分が先に出ていって ――。……そうはさせない、と私は思った。そりゃあ、片方が出ていけば生活は変わるけれど、でも ―― 先に泉美を出させるわけにはいかなかった ―― そんなことしたら、私の中にはずっとこのことが残って ―― ひとりになってもひとりになりきれない気がしたから ――、他の世界へ飛びたつのは泉美のほうで、私はずっと置いてけぼり、籠の中の鳥 ―― 劣等感を感じつづけなければいけない気がしたから ――。……私のほうがいくらか早く生まれたのよ。ほんとうに少しの時間でも、私のほうが先だってことに変わりはないわ。ねえほら、あなたと私は違う。違うのよ。……意味のないことだって、説明できないことだって、なんだっていい。とにかく、私にはその証が必要だった。私たち姉妹にわかれば ―― 私にさえわかれば ―― それでよかった。私は……」
「蘭……」
「ねえ泉美……、私はあなたの ―― お姉さん ―― なのよ……」