表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

時計と卵、真っ赤なきのみ

※ この作品は[ヒューマンドラマ]です。[料理ハウツー記事]をお探しのかたはページを移動してください。











  泉美 1


「毎朝、カーテンの隙間からあふれる光で目を覚ますの。時計を見ると、だいたい六時半。それからちょっと、ほら、まだ外のにおいを嗅ぎたくないじゃない。だから、目覚ましが鳴るまで待つの。ほんの十五分くらいよ。そして ―― ね、あの目覚まし。パパが ―― 今じゃもう、パパなんて呼ばないけど ―― パパがね、買ってきたでしょうふたつも。あの嫌な黄色い時計よ。ひねくれたような色をした、あのうるさい目覚まし時計 ―― その目覚ましを止めて起きるの。そしてはじめてカーテンを開けて、子供のときみたいにお祈りをするんだわ。つまり、ほら……、なにをって言われてもうまく言えないけど……、わかるでしょ ―― 世界なんてそんなものよ。なにもかもはっきりと、明確じゃなくたって不自由はしないわ ―― つまりほら、朝のお祈りよ。朝の、一日のお祈りよ、ほら。……つまり、ね、ほら……、私が今、なにを言いたいかっていうと……、昔のままってことよ。なにもかも」


「……泉美?」







  泉美と蘭 1


「泉美、話してるの?」

「え……」

「だれかと話してたのかって」

「蘭……。いたの?」

「いたのって、今来たんじゃない」

「……いなかったの。いなかったのね」

「だから、今来たんだって。で、なんの話?」

「つまり、ほら ――」

「『つまり』は接続詞よ。つまりほら、最初から話してってこと」

「……ううん、いいの」


「……昔のままね。なにもかも」







  泉美 2


「毎朝、卵を食べる。儀式みたいなもので、私はそれをくりかえす。もちろん、お祈りのあとによ ―― そう、ちゃんとしたお祈りじゃないんだから、卵は ――。……卵は目玉焼き。フライパンに載っけて、ジリジリと焼くの。あの目覚ましのジリジリと一緒に焼いてしまうの、毎朝ね。……もしかしたら、そのためのあの黄色い目覚ましなのかもしれないわ……。意味、わからないでしょうけど。ほら、私にだって」







  蘭 1


「私はずっと、目玉焼きは食べなかった。あのときが最後ね ―― あのときって、どんな朝? ―― たぶんほら、いつもとなにも変わらなかった。ほんの少し、なにかが私たちを刺激して、そして私が、変に気持ちのいいほうへ行っちゃった、それだけよ。だってそうじゃない。あの日も、ほら、いつものとおりラジオの音楽を聴いて、学校へ行ったんじゃない。 ―― ほんと、ふつうの朝だった。だって、どんな朝だったか覚えてないんだもの。……今では私ね、ほら、スクランブルエッグにはまってるのよ」







  泉美と蘭 2


「ねえ私、独り言、言ってた?」

「独り言?」

「だってさっき、話してたのかって」

「……わからないわ」

「声、出てたの?」

「話してたの?」

「ええと……」


「……わからないわ。でも、そんな気がしたんでしょう。……私が、よ」







  父 1


「森で育った真っ赤なきのみ、ひとふさにふたつ同時にみのり育った。しかし、その片方は、俺の知らないアスファルト ―― だかなんだか知らないが ――、そこではじけた。父親の知らないところでだ。そうだほら、きっとあいつは、なにかに押しつぶされて ―― やわらかい黄色い膿のようなものを、真っ黒な地面にぶちまけて ――、それでこの森へ帰ってきた。もとの真っ赤を装って。……しかし、ほら、俺がなにも気がつかないわけがないだろう ―― たしかに、お前たちの部屋にはもう長いこと、足を踏み入れても、じっさい、はいれていないような気もするけれど ――、俺は、ほら、血がつながっているんだからな。たとえ離れていっても、俺はずっと……」













評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ