第9話。
久しぶりの投稿。
予想通り1分以内に敵が目視できる場所まで来ることが出来た。慎重に物陰から頭部を覗かせカメラを敵機に向ける。まだこちらに気付いている素振りはない。
(上から来るとは思わないんだろうな。)
この辺りの建物はかなり劣化しており、倒壊している物も多い。それにも関わらず自分がATで建物の上を走ってこれた理由は、一つ目が「オブジェクト強度識別」の機能の存在。二つ目がATの体でありながら重心のコントロールや体捌き足捌きが自分の身体のように行えたことであった。
ちなみに先に交戦した敵の二番機と三番機のハッキングから得た情報とクーゴから得た情報から考えて、「オブジェクト強度識別」の機能は自分だけの特殊な機能だと思われる。
(アレが追い付くまで少し待つか。)
機体を待機状態にして敵を観察する。輸送車を囲むように4機のAT が戦闘体制で待ち構えている。4機のうち2機はスタンダードと呼ばれる標準的な二脚タイプ、もう2機はヘビーと呼ばれる重装の二脚タイプだ。尚、自分の機体もスタンダードと呼ばれるタイプだ。
武装はそれぞれ異なっていて、1機目のスタンダードがサブマシンガンを手持ちし肩部にはショルダーキャノンを装備しており、2機目スタンダードはライフルを手持ちし腰にショットガンをマウントしている。ヘビーの2機は左手に大型のシールドを、右手にマシンガンを装備している。肩部の装備はそれぞれ異なり、1機は先程の迫撃砲を撃ってきたマルチランチャーを右肩に装備、左肩にはマルチランチャー用の追加弾倉があった。もう一機は右肩にライフル、左肩にマシンガンをマウントしていた。両肩にマウントしている武器は手持ち用の予備武器だろう。
「………フル装備じゃねぇか。」
クーゴが不安そうに呟く。
「武器だけじゃない、機体の性能も良い。」
敵のパーツは見覚えのあるものばかりだった。ゲーム内では性能も良く、上位戦場でも愛用者の多いパーツセットだ。
(さて、そろそろやりますか。)
「仕掛けるぞ。」
「お、おう。」
故意に断続的にジャミングを解除した。ほんの数秒でジャミングをかけ直したが、敵のレーダーにはこちらの機体が映ったはずだし、恐らく気付いただろう。4機の敵が一斉にレーダーに映ったこちらの機体の方角に向き直る。
(………早い!?)
向きを変えたスピードに驚いたが、更に驚くべきは4機がほぼ同時に向き直った事だった。いかに練度の高い小隊であっても個々の技量や役割によって動き方には差が出ると踏んでいた。技量が高い者や、小隊としての情報収集を担当とする役割ならば先に動くだろうと考え、最初に撃破するべき敵を判別しようと仕掛けたのだ。
アテが外れたが、だからと言って引き返すことも出来ない状態だった。走らせている機体はビルの角を曲がれば互いに射程距離内という所まで来ている。
4機のATが戦闘態勢で銃口を向ける先のビルの影から1機のATが飛び出した。右腕が無いそのATは、両脚で地面をガリガリと削りながらコーナーを曲がり、そのまま左手のハンドガンを連射した。最初の戦闘でハッキングをした敵の二番機だった。
(………よし!)
発射した7発の弾丸のうち5発が狙った箇所に命中した。4機のうちの1機、マルチランチャー装備のヘビーの肩部にある追加弾倉を破壊したのだ。オブジェクト強度識別でハンドガンで壊せる程度の強度だというのは事前にわかったいた。
(爆発はしないのか………。)
弾倉を破壊すれば派手に誘爆してくれるのではと思っていたが、そう都合よくいかなかった。
4機の敵ATが二番機に一斉に発砲する。全身に銃弾を浴びて二番機が崩れ落ちる。その直後だった。4機の敵ATのうち2機のヘビーのコックピットに、正確にライフルの弾丸が撃ち込まれた。
ライフルを発砲したのは十蔵の機体とハッキングした敵の三番機だった。二番機の到着をわざと遅らせ、敵のレーダーに映らないよう低稼働状態で先に狙撃ポイントで待機していたのだ。
「どんなに装甲厚くてもコックピット狙えばいいから楽だねぇ~。」
これがゲーム内であればせいぜい特定部位狙いで与えるダメージに若干のボーナスが入る程度であり、戦闘不能までは至らない。
敵のスタンダード2機が十蔵機に向けて手持ちのライフルとサブマシンガンを発砲する。十蔵機が障害物に隠れつつ三番機のライフルで応射しようとすると敵もこちらから射線を切るように動き出した。
(やっぱ強いなぁコイツ等。)
敵のヘビー2機は動く気配がない、コックピット内にライフルの弾が貫通しているのだろう。にも関わらず仲間の安否を気遣う素振りさえ見せずに戦闘を続行する2機のスタンダードに変な違和感を覚える。それどころか動かなくなった2機のヘビーを射線を塞ぐ盾のように扱っている。
「………。」
「……?どうした?」
自分の中で納得のいかない事を考えているという雰囲気がクーゴに伝わったらしい。
「…なぁ、こっちじゃアレが普通か?」
「んん?」
「仲間がやられたら心配とかするもんじゃないのか?ああやって盾にするのが普通か?」
「ああ……そういうことか。」
クーゴが少し考えてから答える。
「有り得なくはない。時と場合によっちゃあ俺だってそうする。」
「そういうもんなのか…?」
「例えばそうだな…初めて会った奴らと小隊組まされて、報酬は山分けって言われたらやるかもね。」
「……ふーん。」
「な、何だよ?」
「コイツら全部倒した後で『内側』から俺を撃つなよ?」
「いやっ、俺はそういうつもりじゃ……」
クーゴが喋り終わるのを待つ前に機体を動かした。
「舌噛むなよ?」
一度言ってみたかった台詞をさらっと流すとライフルを捨て両手にハンドガンを構え、そのままビルから飛び降りる。
「馬鹿!敵の真正面から降下すんな!」
降下中や着地を狙われるからという事だろう。案の定敵が武器を構えて身を乗り出す。
「ダイジョブダイジョブ。」
敵が撃つよりも早くこちらの三番機を動かす。狙い通り三番機のライフルで敵のサブマシンガンを破壊する。
(サブマシは弾が散るからな。その点ライフルは素直でいい。)
ライフル持ちのスタンダードが落下中の十蔵機に発砲する。
「あぁあ!?」
クーゴがよくわからない声を上げる。恐らく撃たれた事に驚いたのだろう。
だが敵のライフルの弾は当たってはいない。撃たれる寸前に空中でブーストを吹かし落下の軌道を変えて回避したのだ。
(便利だなこれ。)
オプションを色々いじって気付いたのだが、敵の銃口を視界に収めていれば弾道を自動で計算してくれる機能があった。ON、OFF の切り替えが出来て、デメリットといえば弱い頭痛のような違和感がある程度だ。マシンガンのような連射系の武器は一発毎に弾道の再計算をリアルタイムに行う為、頭痛が少し重くなる。ちなみに自分の機体の弾道も予測できる。
着地の直前に小刻みにブーストを吹かし着地の衝撃を和らげる。着地と同時にブーストを吹かしながら左にステップすると、自機のすぐ横をライフルの弾丸が通り抜けた。それに驚いてかクーゴがまた変な声を上げる。
戦闘不能のヘビーが遮蔽物になっている為、回り込むように機体を走らせる。敵のライフルは割と正確にこちらを捉えてくるが、素直に最速の発射間隔で連射してくるのでタイミングが読みやすく回避が容易い。
(おっと?)
視界に弾道予測が一つ増えた。サブマシンガンを破壊されたスタンダードがショルダーキャノンを構えてこちらに向けている。予測位置はこちらの進路上の地面だ。
(偏差撃ちか!)
ショルダーキャノンはその特性上ある程度距離のある相手には動きを予測して撃つ必要がある武器だ。照準を定めて静止した状態でなければ砲身がぶれて狙った場所には着弾しない。だがそれ故に強力で、威力もさることながら直撃でなくても爆風で複数の敵に大ダメージを与えられる武器だ。
(出来れば無傷で奪いたかったが……仕方ない。)
ショルダーキャノンの射線から逃れる為にやや大きく後方に距離をとる。発射された砲弾は地面を大きく抉る爆発を起こした。
三番機のライフルでショルダーキャノンを狙撃する。残念ながらコックピットを狙える位置ではなかったが、発射態勢に入り身動きが取れない為に敵は回避が出来なかった。
「あーあ……」
自分の落胆が声に漏れる。
「どうした?」
「あのキャノン欲しかったんだがなぁ……」
「んなこと言ってる場合か!」
「……言ってる場合だよ。」
敵のライフルを避けながら距離を詰める。武器が無くなった敵のスタンダードは僚機がマウントしているショットガンに持ち変えている。
(行ってこい三番機。)
高所の狙撃ポイントに配置していた三番機を降下させ全力で走らせる。ショットガン持ちのスタンダードがこちらの三番機に反応して迎撃態勢を取る。そのまま一発、二発とショットガンを発砲した。弾丸は三番機に着弾したが、致命傷にはならなかった。
「散弾ではなぁ!」
一度は言ってみたかった有名な台詞を言ってみた。クーゴが意味不明そうに「えっ?えっ?」と聞き返すが、説明するのが面倒なので無視しておく。
敵が三発目を撃つタイミングで三番機をジャンプさせた。ブーストを使って高く飛び上がり、空中で右脚を敵に向けて伸ばし飛び蹴りの姿勢を取った。
「タイタンキィィーッック!」
大質量の金属の塊がぶつかり合う轟音が響く。敵のスタンダードは頭部が完全に潰れ胴体が大きく歪にひしゃげていた。三番機も脚部が使い物にならなくなっている。
「おい、俺を乗せたままアレをやるなよ……?」
クーゴが若干青ざめた声色で呟く。
残りのライフル持ちのスタンダードは十蔵機への攻撃を継続しているが、発射間隔が単調な為見切られてしまい一向に当たらない。その間にも十蔵機は徐々に距離を詰め、立ち回りに優位な間合いを得ていた。
十蔵機が両手のハンドガンを構えながら敵機の回りを旋回する。次第に敵機のライフルを構えた腕の照準合わせが間に合わなくなり、体も追い付かなくなっていた。十蔵が敵機の側面に4発牽制の射撃を入れる。あえて装甲の厚い部位を狙って撃ったのだが、敵機は一方的に撃たれるのを嫌ってブーストを使って強引に態勢を立て直しにきた。
(バーカ。)
ATは急激な慣性の働く姿勢制御の際は両腕を使って機体の姿勢を保とうとする。機体の向きを変える瞬間に両手で構えていたライフルを一瞬片手持ちにしたのだが、十蔵はその隙を狙っていた。
腕が開いてがら空きになった敵機のコックピットにハンドガンを撃ち込む。弾丸は正確に着弾し、敵機は動かなくなった。
「……ふぅ。」
「おお……」
安堵か感嘆か、クーゴが声を漏らす。自分も確かな達成感を得ていた。いや、それは明らかにゲーム以上の緊張と興奮、それらからくる達成感だった。動かなくなった敵機を見渡すとこれまで得たことのない快感が押し寄せる。
(コンバットハイっていうやつなのか?)
そう考えるとウィンドウがコンバットハイに関する補足を表示した。
『コンバット・ハイ:特定の条件を満たすとコンバット・ハイレベルが上昇する。コンバット・ハイレベルに応じて各種スキルやステータスの上昇効果がある。』
(こういうスキルもあるのか。)
コンバット・ハイレベルの上昇条件が明記されていないが、恐らく敵を倒せば倒すだけ上がるのだろう。
(連キルボーナスみたいなもんかな。)
コンバット・ハイレベルはリアルタイムで確認できるらしく、今のレベルは0だった。
不意にクーゴが呼びかけてくる。
「おい十蔵、降ろしてくれ。」
「……え?」
「え?じゃないよ、さっきから呼んでるだろ?」
(呼んでた?)
「わり、気付かなかった、調べものしてたからかな?で、どした?」
「輸送車確保だってば、逃げられたら意味ないだろ。」
「あぁ、そうか。そうだな。」
そう言って輸送車のある方角へ向こうとした、その時だった。
「逃げないよ?」
聞き覚えのない声だった。マイクで拾う声とは違う、雑音のないクリアな音だった。
「キャリアー?」
なんとなく似ている気がして名前を呼んだ。
「違う!キャリアーじゃない!」
クーゴが叫ぶ。クーゴにもあの声は聞こえていたらしい。
「なりたてとはいえさすがはゴースト、4対1で負けるとは思わなかったたよ。」