第11話。
書いてて気持ち悪くなった。
「わかった、そのままでいい。ただし十秒くれ。」
「は?何で?」
「俺には無関係の人間が乗っている。この戦闘には俺が口車に乗せて巻き込んだ、できれば逃がしてやりたい。」
「ふんっ、いいだろう。持ち帰って餌をやるのも殺すのも面倒だ。」
割と人間に対しての扱いが酷いなと思った。
「だが十秒はこちらで数える、いーち!」
(あっ、やば。)
視界に入っている方の敵のヘビーには8.4秒という文字が表示され、その数字がカウントダウンを始めた。
(ギリギリか。)
「待てっ、今話を付けてる所だ、まだハッチも開けてない!」
「なら今すぐ開けてやれ、5!」
「数えるのが早いぞ!」
発声した時点でまだ4.6秒だった。
(機械の癖に大雑把な野郎だ。)
とりあえずポーズだけでもハッチを開ける。だが予想外の事が起こった。ハッチを開けた際に流れ込んだ外気に触れて、気絶していたクーゴが目を覚ましたのだ。
「おおわっ!何だ何だこれ!」
(タイミング悪っ!)
デビルエリゴールも今の声に反応する。
「何だ今のは!?」
ライフル持ちのヘビーが反応しライフルを深く構え直す。その瞬間、デビルエリゴールはある違和感に気付いた。
「てめぇ!解除しやがったな!」
怒濤の剣幕にクーゴが怯えて「ひいっ」と声を漏らす。
十蔵は敵のマシンガン持ちのヘビーのハッキングを解除していた。敵が操作していない静止した状態に奇襲をかけたのだが、敵が機体を動かそうとしたところでそれを見破られてしまった。だが……
「いや……」
敵のヘビーに表示されたカウントを見守る。0.3、0.2、0.1……
「乗っ取ったんだよ。」
( complete )
直後、マシンガン持ちのヘビーが大きく上体を捻った。デビルエリゴールが驚きの声を上げる。
「何っ!?」
そしてそのまま捻った上体を戻す勢いで隣にいるライフル持ちのヘビーの肩に裏拳を叩き込んだ。ライフル持ちのヘビーが上体を大きく開き仰け反る。マシンガン持ちのヘビーはそのがら空きになったコクピットにマシンガンの銃口を当てがうと、そのまま引き金を引き続けた。
装甲の厚さには定評のあるヘビータイプだが、20発以上の弾丸を一ヶ所に浴び続ければ無事には済まない。発砲が止んだ後の着弾箇所は装甲を抉られ内部機器が破壊され尽くし、バチバチと火花を散らしながら黒煙を吐き出していた。
ATのハッキングとは、全パーツの情報と制御を集約するコクピット内の管制機器を掌握することである。コクピットブロックが抜かれていたり破壊されていた場合は当然ハッキングをして操作は出来ない。コクピットブロックの構造上多少装甲を貫通した程度では管制機器の破壊は出来ないが、これだけ破壊し尽くせば十分だった。
「ハッチ閉めるぞ。」
クーゴに一声掛けてハッチを閉め遮蔽物から飛び出す。目的はマシンガン持ちのヘビーの無力化だ、相手はさすがに自分よりハッキングのレベルが高いだけに解除も掌握もかかる時間が短いはずだ。現に既にこちらのハッキングは解除されている。ハンドガンをマウントしヌンチャクを片手にブーストダッシュで走り出すと、ヘビーが動きだしマシンガンをこちらに向けた。
(もうハッキング終わったのか。)
さすがに早い。だが……
「それ弾切れなんだよねー!」
先程のハッキングでマシンガンの弾は全て撃ち尽くしていた。すぐさま近づき
コクピットに爆裂ヌンチャクを叩き込む。爆発の衝撃で敵の胴の装甲が剥がれコクピット内が露になる。辛うじて残っていたコクピットのシートには両脚がなくなった血まみれの野戦服を着た人間が鎮座していた。
「……ッ!」
恐らく彼はもう死んでいる。それに対し何とも思わないわけではない、何かモヤモヤとした感情のようなものが確かにあった。「集中」スキルで加速した思考の中で、いつまでも目を離せずにそれを見ていた。ぶつぶつと自分が何か呟いている気がする。自分の中で言葉がいくつも走り回っている。機械の体であるのに、心臓や肺はないのに、息苦しくて心臓の鼓動が痛い時の頭の状態になっている。
「ぁあぁ……。」
何故か自分の声が漏れた。
「十蔵!?」
クーゴの声が聞こえる。スローに鼓膜を抉るようにねっとりと、何度も頭のなかを反響して、言葉が何匹も脳をねぶるように這いずり回る。
「おい!」
今度ははっきりとクーゴの声が聞こえた。ハッと我に返るような目覚めと共に今現在の状況を確認する。
(時間、あんまり経ってないのか…)
自分が何をしようとしていたのかがすぐ思い浮かばない。今までの行動をなぞり何をしようとしていたのかを予測する。不思議と、さっきまでの自分とは別人のようだった。
敵のヘビーがマシンガンを持った腕をゆっくりと振り上げる。
(そうか、それで俺をぶん殴るつもりなんだな。)
(……「俺」?)
敵のヘビーが腕を振り下ろす前に、肘を手で抑えつけた。持ち手だけになったヌンチャクを手放し地面に落とす。マウントしていたハンドガンに持ち変え敵のヘビーのコクピットに突き付ける。
(コクピット…)
自分に言い聞かせるように「コクピット」という単語を思い浮かべる。
(「人間」)
自分の中で「システム」と勝手に呼んでいたものが、ハンドガンの照準を向けている対象を訂正する。
(違う、コクピットを……)
(「コクピットに座っている人間にハンドガンを撃ち込む」)
(コクピットに………)
(「人間を撃つ」)
(「ぐちゃぐちゃにする」)
(違う、俺は…)
(「俺」は……)
バズン。そんな感じの音だった。ハンドガンの引き金をいつの間にか引いていた。頭部ごと上半身の腹から上を失ったものが見える。体から千切れた右腕がコクピットからずるりと落ちた。敵のヘビーが振り上げた腕をぐっと押し込む。やはりヘビー相手にはパワー負けをする。
「早く撃てよ、おい!」
クーゴの声だ。敵のヘビーの腕を抑えている腕の関節が悲鳴をあげる。こちらのマニピュレーターを基部から万力のようにミシミシと潰しながらゆっくりと腕を振り下ろそうとする。
「撃て!」
「駄目だ、人がいる…!」
「はいぃ!?」
目の前の肉片を「システム」が「人間」と表示している。
(違う、こんなのもう人じゃない。)
(「人でした。」)
「システム」が訂正する。
「人が何だってんだ!」
クーゴが叫ぶ。
(「人間って何?」)
「システム」がクーゴの声に反応する。
「もう死んでるだろ!」
(「死んだら人間ではない?」)
(「肉体が無ければ人間ではない?」)
「システム」が続けて質問をする。
(…そうだ。)
無意識に質問に答えた。
「あんなのを…」
クーゴが声を詰まらせる。
(「ならばあなたは…」)
「人間とは呼ばねーだろ!」
(「人間では無いですね。」)
クーゴの声と「システム」がシンクロする。
(俺は…!)
「俺は…!」
思ったことと同じ事がつい口に出た。
(「俺」?)
(「俺」って何だ?)
ふと、今まで自分が倒したATの事を思い出す。どれも戦闘不能になり野晒しの状態で放置されている。あれはいずれ誰かが回収して、解体され、部品毎に分けられ、使える物は再利用し使えない物は棄てられる。
(「俺」…。)
それより以前の事を必死で思い出そうとした。クーゴと出会うもっと前。断片的にだが様々な記憶が掘り起こされた。
誕生日を祝ってもらった事。友達と楽しく話をしている時の事。美味しい物を食べた時の事。自転車で転んで怪我をしたときの事。結婚したときの事。両親がしんだときの事。こどもがうまれたときの事。しごとをやめたときのこと。
(「プロのゲーマーなんてやめて、ちゃんとした仕事してよ!」)
誰に言われたか思い出せない。
「ビーッ!ビーッ!」
敵のヘビーの腕を抑えていた腕にかかっている負荷が限界を迎える。
「十蔵!」
クーゴが自分の名を呼ぶ。はっきりと自分の容姿を思い出す。「人間」だった頃の容姿を。
「パシッ!」という音がして、腕が片方使えなくなった。敵のヘビーが自由になった腕を振り上げ、そのまま振り下ろす。だらんと下がった自分の腕の、肩にモロに打撃を食らう。「ゴトン!」という音がして、「自分の腕」が地面に落ちる。それは機械の腕だった。
(使える物は再利用し使えない物は棄てられる。)
地面に落ちた自分の腕を見たとき、先程自分が考えていたことがフラッシュバックする。
「十蔵!」
クーゴが先程よりも大きな声で叫ぶ。バズン。ハンドガンが発射された。敵のコクピットから「人間」という表示が消える。
(違う、俺じゃない。)
クーゴが中からトリガーを引いていた。そのまま二発三発とハンドガンの弾が発射される。
(やめろ、俺の体を…)
咄嗟に身を捩った、はずだった。何故か腕だけが言うことを聞かず敵のコクピットに狙いを定めハンドガンを撃ち続けている。それに抵抗するように後退しながら体を何度も捩る。
「何やってんだおい!十蔵!」
「クーゴ!やめろ!」
スピーカーの音量を上げてクーゴに叫んだ。
「うっ……!」
微かにクーゴのうめき声が聞こえ、自分の腕が自由になる。
(俺の体…。)
自由になった腕を見る。肘を曲げ手首を回すと微かに「ウィィ…」とモーターの回るような音がした。
(「人間ではないですね。」)
システムの言葉を思い出す。その直後、得体の知れない気持ち悪さが自分の中から沸き上がってきた。
「……ッ!」
どうしてそうしたのかは分からない。その気持ち悪さを感じた直後、こめかみにハンドガンを当て弾が切れるまで引き金を引いた。クーゴが何か叫んでいるが何故かそれ聞き取って理解することが出来なかった。撃つ毎に視界が揺れノイズが走り、四発撃った所で視界が完全に真っ暗になる。七発撃った所で着弾する音が消え発砲音だけが遠くの方で響き、十発目で弾が切れた。
(……死んでない。)
人間ならばこんなことをして生きてはいない。はぁはぁと恐怖を含んだ息遣いが聞こえる。それはまるで自分の発したもののように感じたが、コクピット内のクーゴの発しているものだと気付くのに大した時間はかからなかった。外の音は何も聞こえない。ATの頭部は人間の頭部と同じで集音の機能があったのだろう。
息遣いと共にカチャカチャと何かをいじっている音がする。自分の中に何かがいて、何かをいじられている。そう思うと先程からの気持ち悪さが更に耐え難いものになった。
「……よし。」
何かに安堵したようなクーゴの声と同時に視界に光が戻る。恐らくサブカメラに切り換えたのだ、視界が先程よりもやや低い。目の前にはマシンガンを持った腕を振り上げた状態で、コクピットから黒煙を吹いている敵のヘビーがいる。視点を動かそうとしたが出来なかった。脚は動く、おずおずと一歩踏み出すとそれに合わせて視界が揺れた。胴を回すと視点が動いた。どうやら胴体のどこかにサブカメラがあるらしい。少し屈んで地面を見る、視界の端で煙を上げている物があった、もっと良く見ようとそれが視界の中央にくるように胴を回す。
そこにあったのはATの頭部だった。「誰の頭部」なのかは容易に想像が付いた。
(「人間ではないですね。」)
自分の中で、何かが切れた。