第10話。
「誰だ!?」
倒したはずの3機の敵ATが立ち上がった。2機のヘビーはそれぞれ重いシールドを地面に降ろし、スタンダードもライフルを降ろした。そして3機ともが同じ歩調でゆっくりと十蔵機に近づくと、十蔵機から一定の距離を保って立ち止まった。十蔵機正面に敵のスタンダード、両脇にヘビーが2機並ぶ。
「ハッキングが君だけのスキルだと思っていただろ?そんな初歩のスキルは珍しくも何ともないんだよ。」
(まさかこいつ、今まで4機まとめて操作してたってのか。)
そう考えれば先の戦闘での色々な違和感に納得がいった。
「大人しく俺に付いてこい。抵抗するならコイツらで君の両手両足をもぎ取ってから運ぶ。」
3機の敵ATがもう一歩距離を縮めた。腕を伸ばせば触れられる距離だ。
(こいつもゴーストってことか。)
「お前、何者だ?何が目的だ?」
喋っている敵の位置は分からない。少しでも時間を稼ぐべく質問を投げ掛けた。もっとも、これだけ堂々と通信を入れてくる位だ、位置バレしない自信はあるのだろう。恐らくハッキングのレベル自体も違うためこちらの射程距離よりも広い場合どこまで範囲を絞り混めば良いか分からない。
(ん……レベル?)
そういえば、自分の持っているスキルにレベルが設定されているのではないだろうか?そう考えるとウィンドウにスキルレベルについての注釈が表示された。
(なるほどね。)
「ハハハッ、度胸あるね。名前だけは答えておこう。デビルエリゴールだ、以後よろしく。」
敵の声でふと我に返る。あれだけ考えこんでいたのに、時計では一秒も経っていない。「集中」のような思考加速のスキルでもあるのだろうか?そう考えるとまたもやウィンドウに注釈が表示された。「集中」のスキルに関する情報だ。
これまでの情報を複合して考えるに、スキル自体は無意識で発動させることが出来るが、スキルに関しての告知は「明確にスキルを意識した時」にしか行われないらしい。
早速「集中」スキルを使って考える。どうすればいいのか、自分の置かれている状況、地形や配置、自機のスペック等々。そしてそれらを織り込んだシミュレーション。
(よし、やるか。)
「デビル……エリゴールだと!?」
わざと大袈裟に驚いてみせた。
「知っているのか十蔵!?」
勿論知らない。だがコイツがなんとなくどんな奴なのかは分かった。
「まさかその名前…」
「うん?」
「自分で付けたのか?」
なんとも言えない静寂が辺りを包む。デビルエリゴールは質問に答えなかった。
「おい。」
答えないデビルエリゴールに再度問い掛ける。
「まさかその痛くてダサい名前、自分で付けたのか?」
「えっ、おま……何……」
クーゴが小さく震えた声で呟く。
「……ロス。」
デビルエリゴールからの通信だ。最初の方はか細い声で聞き取れなかった。大体何を言おうとしているか分かるが敢えて聞き返す。
「え?何か言った?」
「ブッコロス!」
両脇のヘビーが同時に拳を振りかぶる。「集中」スキルで動作の起こりを見逃しさえしなければ回避は余裕だった。後方にステップを踏み回避する。目の前で敵のヘビーの拳同士がぶつかり合って、火花と共に激しい金属の激突音が響いた。
(取り敢えず距離を取るか。)
敵に背を向けブーストを吹かし全力で走る。
「逃がすかクソがぁ!」
当然3機の敵ATも全速でこちらを追う。敵のヘビー2機は先ほどぶつかり合ってひしゃげた拳を引っ込めると2機同時にこちらに向きを変えブーストダッシュの態勢を取った。スタンダードの敵機は走り出しながらヘビー2機を追い抜き、ブーストで更に加速した。
ゲームでは各機体の高速移動をブーストダッシュという名称で統一しているが、実際には機体のタイプによって移動方法が異なる。スタンダードタイプは走りながらブーストで加速するが、ヘビータイプはそもそも走るということが出来ない。ブーストで機体を浮かせてから加速する為、機動力は各機体タイプの中でダントツに低い。だがそれを補って余りあるほどの装甲があり、ゲームではその長所を伸ばすべく高耐久のシールドを装備させている事が多い。また、装備出来る重量にもかなりの余裕があり、重くて高威力の武器を扱える為火力も高い。
(そろそろかな。)
スタンダードの敵機がヘビー2機よりも先行してこちらに迫ってくる。まだ追い付かれはしないが、このまま逃げ続けるつもりはない。背面に二基あるブースターノズルをそれぞれ出力と噴射角度を微調整しながら、両腕両脚を使って機体を180度急激に旋回させ敵に向き直る。
(あれは……!)
敵のスタンダードが右手に持っている武器に目が行く。二本のバトンのような棒の端と端をワイヤーで繋いだ格闘武器。片方の柄を右手に持ちもう片方の柄は手持ちした柄から伸びたワイヤーでぶら下がっている。ぶら下がった柄の模様はゲームでも見覚えがあった。
(爆裂ヌンチャクか!)
格闘武器にはいくつか種類がありそのどれもが個性的であるが、その中でも一際異彩を放つのがヌンチャクである。そもそものゲームの仕様として他のロボゲーと異なる点が「格闘武器に攻撃回数の制限がある事」だ。格闘武器は総じて強力な物が多いが、ソード、アックス、ハンマー、メイス、ランス、ジャベリン、ナックル、トンファー、パイルバンカー等様々な格闘武器には攻撃可能な回数がある。ゲームの公式解説によると、「ATの腕部の間接に負担がかかる為、回数を越える使用は出来ない。」との事だ。一応、攻撃可能回数を越えて攻撃する事は出来るのだが、その場合は腕部が破損扱いとなりその後一切の武器が使用出来なくなる他、腕を使った機体のバランス制御か出来なくなる為極端に機体の動きが悪くなる。だがヌンチャクは間接に一切負担がかからない数少ない武器であると共に、重量も軽い。中でも爆裂ヌンチャクと呼ばれる打撃時に爆発を起こすタイプのヌンチャクは、使い捨てではあるが威力も高く打撃だけでなくグレネードのように投擲も可能である。
敵のスタンダードが全速で十蔵機との距離を詰める。十蔵機もそれを迎え撃つように態勢を整える。両手のハンドガンを腰にマウントし、両脚をやや広げ浅く腰を落とし両手は軽く開いたまま両腕をだらりと下げた。敵は走る勢いを落とさずにこちらに近づくと、右手のヌンチャクを大きく振りかぶった。
(袈裟懸け。)
十蔵機の左側頭部を狙った振り降ろしは虚しく空を切る。金属の巨体からは考えられない程の滑るような体捌きで初撃を交わす。初撃を外した敵機はすぐさまブーストを使って反転するが、先ほど十蔵機が見せた旋回に比べると荒っぽくぎこちない。
(また同じか。)
敵の体の動かし方がほぼ同じだった。このまま敵の腕がどう動いてどこにヌンチャクを当てる気なのかが簡単に予測できる。振り下ろされる敵の右腕に両手を当てがい、敵が振り下ろす力に合わせて敵の右手を返すよう、捻りを加えて引きずり込むように両手で敵の右腕を極める。
(脇固め。)
パキィンという鋭い音を立てて敵のスタンダードの右肘が折れる。生身の人間に仕掛けたならば腕を折ろうと折るまいとそのまま腕を取って身体を押し潰す事が出来るのだが、その腕が取れてしまったのではそうはいかない。生身の人間に仕掛けたならば腕の痛みでまともに行動出来るはずはないが、痛みという感覚の無い目の前の敵機は右腕を破壊されてもなおこちらを攻撃しようと上体を起こし左の拳をを振りかぶった。
(折れないギリギリのところで腕を使って全体のバランスを崩すべきだったな……。)
とはいえ折ってしまったものは仕方ないので気持ちを切り替える。ヌンチャクが起爆しないようにそっと腕ごと地面に降ろし態勢を整える。敵の左腕の軌道は先ほどの右の振りかぶりとほぼ同じだ。振り下ろされる敵の左手に先ほどと同じように両手を当てがうと、今度は全身のブースターを使って素早く身体を回転させて捻切った。
敵も両腕を完全に破壊されて少し判断に迷ったらしい。二秒程そのままの姿勢で静止していたが、どうにもならなくなったのか体当たりを仕掛けてきた。
(うおっ!)
体当たりにも驚いたが、敵のヘビー2機が敵のスタンダードのすぐ後ろまで迫っている。ヌンチャクを拾い体当たりをかわすよう後ろに跳んだ。両腕を失いバランスが取れなくなった敵のスタンダードは、無理な体勢からの加速だったことも相まって三歩目でバランスを崩し前のめりに倒れた。
やっとのことで敵のヘビーがこちらに追い付く。
(遅っ。)
ブーストダッシュを維持したそのままの勢いでこちらに体当たりを仕掛けようとしているようだが、鈍重過ぎて付き合っていられない。機体の向きを変えようとして一瞬減速したから尚更だ。
(このまま逃げちゃおうかな。)
自機を反転させ走らせた。十分に余裕を持って敵を引き離す。
「逃げんのかコラァー!」
片方のヘビーがマウントしているライフルとマシンガンを一機ずつ破損していない方の左の手に持って攻撃してきた。後部カメラで射線を確認しながら後ろ向きで回避する。少し先に遮蔽物を見つけそこに身を隠した。
(付き合ってられっか。)
(でもなぁ、ATかっぱらって金にするつもりがデビル野郎のせいでナシになっちゃったしなぁ……せめて輸送車くらいは欲しい。)
「なぁクーゴ、このまま逃げてもいいかな?」
返事がない。
「クーゴ?」
(まさか!?)
急いで搭乗者のバイタルサインを確認する。脈拍、呼吸は正常だった。心拍数が低いので気絶しているだけかもしれない。
(良かった、死んではいないのか。)
バイタルサインのログを遡ると、丁度敵のスタンダードと格闘戦をしていた時のようだった。
(中でゲロってなきゃいいけど……。)
「出てこいコラァー!」
敵のヘビー2機がこちらが遮蔽物にしているビルに発砲する。銃声と共にコンクリートがバラバラと地面に落ちる音が聞こえる。ビルの強度を確認したが、あんな武器程度で貫通したり倒壊するほどヤワではない。
(こっち来ればいいのに。)
敵は何故か数歩歩いただけで立ち止まりそれ以上近付いてはこない。敵との距離は50メートルもなかった。
「出てこいっつったろうが!」
(なるほど、わかりやすい奴だ。)
別ウィンドウにヘルプ画面を開いて「ハッキング」についてもう少し詳しく調べてみる。説明文は極めて簡素だが、詳しく知りたい内容を「質問」することで深掘り出来るらしい。
「わかったわかった、出ていくから銃を降ろせ。」
「ほぅ、随分物分かりがよくなったな。何か企んでるんじゃないか?」
「勘違いするんじゃない、このまま逃げきるのは簡単だ。だが土地勘ゼロで宛てもなく逃げ回るよりはお前と居たほうがマシだろうな。でもお前の下に就くつもりはない。対等な立場を約束しろ。」
「ふんっ、気に食わんが気持ちは分からなくはない。いいだろう、ただし「対等」だということを「調子に乗っても良い」ことだと勘違いはするなよ。あと、約束してやるのは俺だけだ。他の奴はどう思うかは知らん。」
「他にも仲間がいるのか?」
「いいから出てこい、話はそれからだ。」
(チッ。)
仲間がいるかどうかは興味深い話題であった。仲間は人間なのかゴーストなのか、どのくらいの規模なのか、どういう活動をしているのか。それだけではなくこの世界について知りたい事は山ほどある。
「出ていく、だから銃を降ろせ。」
(あと三秒……。)
「お前にだってハンドガンと爆裂ヌンチャクがあるだろうが。」
ピピッという電子音が鳴る。もちろん自分にしか聞こえていない。敵には気づかれていないようだが、ビルのほんの僅かな隙間から2機並んだうちの右側のマシンガン持ちのヘビー1機が視認できる。電子音と同時にそのヘビーに半透明の黄色い文字で「complete」と表示された。
「わかった、そのままでいい。ただし十秒くれ。」