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俺の脇道

 おう俺は山賊だ。

 今は塩街道から僅かに外れた森にいる。

 この森の中にはお湯の湧き出す場所があってなこれが美味い。

 何でも身体の滋養に良いとかで有名でな、イッチョ確かめてやっかってことで来てみたぜ。

 おうおう、すげえな、こりゃよう。







 俺は獣道を歩き続けた。

 木漏れ日に優しく照らされながら、

 小枝をくぐり、小岩を乗り越え、小川を飛び越え、歩き続けた。

 時にはシャルを落として噛まれたり、時にはサルの襲撃を退けたりしながら森の深きに踏み入った。

 段々と深くなっていく森と傾斜が、突然スッと開けた。

 俺が枝を押し退けたらそこは大パノラマだ。

 崖から絶え間なく降り注ぐ水流が岩石にぶつかると辺りに飛び散り、かかる虹を追いかけると、そこには岩に囲まれた温泉があった。

 その温泉から一望できる山の景色は、この雄大な自然を感じさせてくれる確かな力に溢れていて、歩き続けて疲れた俺の身体と、消耗した親分力を癒すに相応しいものだった。

 俺はさっそく堪能することにした。

 

 服を脱ぎすて、岩を背もたれに湯につかる。

 シャルには椀にお湯を張ってやり岩の上置いてやる。

 二人して大自然に圧倒されながらゆっくりと溜息を吐いた。

 

 なんという気持ちの良さ、俺は今初めて全ての重責から解放されたみてえな、背中に羽が生えたみてえな心地よさに浸かってるぜ。

 それはシャルも同じみてえだな、船という食糧パラダイスから初めての陸地だ。

 俺といるから温めたうめえモンが食えるようになったが、好きな時に腹いっぱい食えない環境だ。

 それに揺れない大地ときてやがる。

 最初はビビっちまって俺から離れられなかったもんな。

 それがこの大パノラマに圧倒されちまって、揺れない椀の中で夢心地になってやがる。

 

 それじゃあ俺はちょいと一杯やっちまうか。

 酒は旅人からもらった果実酒。

 ツマミは干し肉とチーズと干し果実だ。

 なかなか豪華な面子だな、こりゃ楽しみだぜ。

 

 俺が喉を湿らせているとシャルから抗議の声が上がった。

 

 わりいわりい、おめえポケーッとしてやがるからよ、もう満足なのかと思っちまったんだよ。

 ほれ、チーズやるよ。


 チーズを受け取ったシャルは一生懸命食べ始めると、ふいに止め、視線を俺の酒に投げた。


 おっ、なんだ酒も欲しいのか。

 しょうがねえなあ少しだけやるよ、あんまりがっつくなよ、倒れちまうぞ。


 シャル用の小さい器に酒を入れてやると椀の中に差し出す。

 シャルはツマミのチーズから手を離すと、椀を両手で受け取りさっそく舐め始める。

 チーズは椀の中をプカプカと浮かんでる。

 一気に全部舐めたところで顔を上げ、シャルは満足そうに一息ついた。 


 おめえイケる口か。

 参ったな俺の酒が無くなっちまうぜ。

 内心嬉しくなった俺はもう一度注いでやり、今度はゆっくり飲むように言い含め、シャルと小さく乾杯して一口含んだ。

 うまかった。


 夕焼けが全てを赤く染めていく、空も大地もシャルも皆だ。

 なんかよくわからん幸福感に包まれるな、この絶景をあいつ等にも見せてやりたいぜ。

 この湯は身体の節々の痛みにも沁みるな、案外この湯につかればビアナの足も治ったりしてな。


 徐々に沈みゆくお天道。

 だが、俺とシャルは徐々に盛り上がってきた。

 たいした酒精じゃなかったんだが雰囲気が抜群だったからな、その上シャルは初めての酒みてえだ。

 俺が山賊伝統の宴会芸を披露すると、シャルは海ネズミに伝わる秘伝を見せてくれた。

 秘伝っつっても旅芸人がやってるジャグリングっつう技なんだが、まさかネズミのシャルにできるとは思わなかったぜ。

 道理で器用に両手を使うわけだ。

 宴会後半はお猪口とチーズをそれぞれ手に持って交互に飲んで食ってたもんな。

 まあそれは調子に乗ったシャルがついやっちまったみてえだ。

 それまではなんとか両手で器を持っていたからな。

 それがいつの間にか片手で器用に持ちやがる。

 シャルの反応からしてどうも秘密事みてえだ。

 俺の伝統芸が面白くてつい地がでちまったってところか、こりゃ俺の親分力も完全復活だな。

 で、みられちまったもんはしょうがねえとシャルが披露してくれた。

 干し肉とチーズと干し果実のジャグリングをな。

 見事なもんだったぜ。

 プリッカに迫る勢いだったな。

 次々に空を舞う食いもん達、時折崩れるチーズのカスは見事シャルの口の中におさまり、くるくると回りながら赤く照らされるチーズ達、最後は綺麗にシャルの口の中におさめられてお仕舞よ。

 それで俺達の宴会もお終いよ。

 

 腹一杯になったシャルは、酔気も手伝ってか椀の中でうつらうつらしてやがる。

 溺れちゃ大変だからな。

 シャルを椀から出してやると、お湯を捨て椀をふき取り布を敷き詰めてやる。

 そこにシャルをちょこんと寝かせてやれば完成だ。

 

 俺は穏やかな寝息を立てているシャルを見ながら酒をもう一口。

 夕日はいつの間にか沈み切り、辺りは月明かりが優しく照らすだけだ。

 緩やかな時間だな。

 心ん中は凪が来てみてえに静かなんだが、一人になるとどうしても考えちまう。

 あいつ等がどうしてんのかなってなあ。

 ビアナはしっかり飯食ってんのかなあとか、

 マーシェは島の酒場をぶっ飛ばしまくってないかなあとか、

 アイリはその跡地にリーシャラ教の礼拝所ばかり建ててないかなあとかな。

 あーいかん、いかん。そんな事考えてもしょうがない、今はユステルに行って島に錦を飾るだけだ。

 それに俺がそんな事をグダグダ考えてもしょうがない、そう、しょうがないんだ。

 今の俺は一人の山賊、裸一貫で見事に返り咲いてやるんだ。

 シャルはノーカン。

 明るく楽しい山賊こそだ俺の山賊道だ。

 よっしゃ明日から馬力上げて行くか。







 俺はいつものように寝床を整えると横になった。

 俺は一人だった、いや、寒そうなシャルを抱えてだから二人だ。

 俺はシャルをゆっくり椀からすくい上げると腹に乗せた。


 スリープフォーメーションだ。


 腹に乗せたシャルが暖を求めて俺の服に入り込むのだ。

 寝ぼけながら居心地の良い場所を求めてもぞもぞと動き続ける、心も体も温まる陣形だ。

 この陣形を使うようになってからは、シャルの寝起きが悪くなった。 

 俺は信奉する悪徳の神リーファイスに祈りを捧げた。

 子分が風邪を引かない様にってなあ。


「明日は素直に起きてくれよ」


 いつもの口上、いつもの陣形、いつもの獲物。

 俺は笑みすら奴を撫でた。

 これは俺の美学だ。シャルだけじゃねえ俺も温かいからお互いウィンウィンだな。

 俺はいつものようにシャルを腹に乗せると、いつものように子分に合図を送る。

 そうするといつものようにシャルがもぞもぞと服の中に入り込み、寝やすい体勢を作る為に細かく身体を揺すり続ける。


「おいおいくすぐってえなあ。…おやすみなシャル」

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