俺の海での山賊団 その三
今じゃあ飲込んだ海賊共もすっかり俺の子分よ。
どんどん大きくなって、ついには十五隻を超える艦隊の山賊団だからな。
俺も内心鼻がたけえや。
港に行って俺傘下の艦を見る度にニヤけちまうからな。
もう毎日が楽しくてしょうがねえ。
この大きくなった山賊団の筆頭はもちろん俺だ。
すげえ最高だぜ。
…最高なんだが、直属の子分で有能なのはビアナ、アイリ、マーシェぐれえだ。
この三人を除くと、目立った奴はいねえ。
精々お調子者のプリッカくれえだ。
こいつはいつでも好きなタイミングで屁がこけるんだ。すげえだろ。
大宴会の時なんか、プリッカがなにかすると皆笑うからな、もう最高よ!
…辛いです。
次はビアナと言いてえが、今んとこ三人の立場は同格に扱ってる。
渇水の経験が本当に良かったみてえだ。
もうビアナからは負い目を感じねえしアイリとの中は普通だ。
まあ若干の遠慮はあるかもしれねえが、子分共も気付かなねえぐらいだから大丈夫だろ。
今の感じだと、無理に上下関係をつけない方がうまく回りそうだと思ってる。
ビアナには第二艦隊を率いさせてる。
あいつの子分は豪勢だぜ。
カイゼルを筆頭にブローディア、ルチア、ディッケンバー、フロッゴの元海賊団の親分共だ。
ブローディアは俺の直属の子分にして俺の船団の指揮をさせようと思ったんだが、断りやがった。
ビアナの下が良いと言いやがる。
焦ったビアナを見て、可愛いもんだ、と思いながら内心の落胆は計り知れないものがあったぜ。
思わず帰るところだった。
アイリは俺と一緒に第一艦隊の旗艦だな。
それでアイリの子分、バレンティンに俺の船団の指揮をさせてる。
俺がとってもいいんだが、正直まだよく分かってねえ部分があってな。
陸と海の違いをまざまざと感じてるところだぜ。
だからバレンティンだ。
こいつは人間関係のバランスもうまくてな、誰とでもスルッと仲良くなりやがる。その上指揮するときは私情に流されないからな。
まじで俺の子分に欲しいんだが。
アイリも良い子分を見つけたもんだな。
そんなアイリの子分は基本的にマーシェが沈めた船の船長と船員どもだ。
まあやっぱりと言うべきか、治療(勧誘)の度に逃げ出す奴は出てくるんだが、段々と失敗する数が減ってきた。
勧誘が上手くなってるみたいだな。
なんかこええ。
それと最近は沈められていない船の船員どもも対象になってるみてえだ。
水面下で子分を増やしているようでなんか背筋がゾワゾワするぜ。
最後にマーシェだ。
こいつはビアナと一緒にいる。
そして子分達をそれぞれの船にばらけさせている。
第一艦隊の旗艦にミーシャを配属してくれたのは助かった。
やっぱ旗艦だからできるだけすげえやつが欲しいからな。
マーシェの子分は魔術師だけだ。
だけなんだが、なんか最近やたらと数が増えた。
船の数と同じだとしたら、沈没や売っぱらっちまった分を合わせても三十人ぐれえの筈なんだが、どう数えてみても倍はいる。
しかも全員女。
まあ海賊団にいた奴らだからあの日の惨劇は繰り返さないだろうと思っていたら、ちょっとだけピーチク聞こえやがった。
どうもマーシェは山賊団の中で見どころのありそうな奴を捕まえては魔術師に仕立ててるみてえだ。
元魔術師じゃないだけに、高いプライドも無ければ鉄の規律もない奴等だ。
だからなのか魔術と一緒にマーシェの気質も受け継ぎつつある。
これが狙いなのか。
その筆頭がコーチュだ。
こいつは旗艦の元コックなんだが、才能があったのかあっという間に魔術を使える様になりやがった。
ミーシャは絶句してたが、マーシェがちょっと普通じゃない事を知っていたので早々に現実を受け入れたみてえだ。
そしてそんな連中が増えたためか、魔術師一団の空気も変わりつつある。
あの恐ろしい空気にだ。
こいつ等もアイリ同様しっかり監視しとかないとな。
俺達は商船から贈答された酒で本日も祝勝会だ。
「かしら、ほら」
マーシェが空になったグラスを俺に突き出しやがった。
ほらっじゃねええよ。
なんだ、そのグラスを俺にくれんのか、ああ?
「はいよ」
俺は内心の声を抑え込み、ワインを注いでやる。
注ぎ終わると俺はそのままワインをラッパ飲みした。
「あーーっ、私のワイン」
「…プハッ、お前のじゃねえだろ俺のだ」
そのグラスだって本当は俺のだ。
マーシェが分捕りやがったからな、俺は木杯だ。
「そもそもそのグラスも俺への送りもんだっただろうが」
「かしらには似合わないじゃん、この透明なグラスはまさに私の深淵を表してるのさ」
「そりゃよかったな」
嬉しそうにしているマーシェを見て俺は一息を吐いた。
安堵の溜息だ。
というのも、このグラスが手に入るまでマーシェが怒り狂っていたからだ。
街というよりは今は国中か、国中にはマーシェの噂があるだろ?
マーシェの異名だ。
深淵の魔術師とか、深淵に手かけたる者とかそんなやつだ。
これがある時を境に変化しやがった。
□ □ □ □
俺達は何時ものように山賊に成功して港町で飲んでいた時だ。
周りの客が俺達をチラチラと見ながら、ヒソヒソとなんか話してやがる。
最初は気にしなかったんだが一向に止めねえんでな、カイゼルに一睨みさせたんだ。
そしたら聞いてもいないのに急にペラペラ喋りやがる。
そしてその内容が少し変だった。
どうもマーシェの異名が変わったみてえだ。
【深淵を抜いた者】【窯をひっくり返した者】【深淵を浅くした者】
ってな。
ようはズルしたんだろお前、っつう内容の噂だった。
てっきりキレるかと思ったがマーシェは気にしなかった。
「嫉妬や嫉みでしょ、そんなの私ぐらい有名になるとね。ふっふ~ん」
むしろ機嫌が良くなったぐれえだ。
ミーシャはキレたが、コーチュがうまいこと宥めた。
だからまあ良かったんだ、変な噂だなと思うぐれえで大して気にしなかった。
それを肴にして飲んだぐれえだ。
その日は良かったんだ。
ありゃ雨が降ってた日かな。
天候が悪いッつうことで早々に山賊を切り上げた俺達は何時ものように酒場にくり出した。
そしたらまたヒソヒソ話だ。
今度は指示する間もなくミーシャが飛んでいきやがった。
そしたらいきなりキレて店の天井に魔術で大穴をあけやがった。
幸い死人は出なかったが、亭主はカンカンだ。
とりあえず怒れる亭主をカイゼルに任せた俺はミーシャに事情を聞こうとした。
が、
ミーシャは雨に濡れながら、怒りに震えながら泣いていやがった。
ビビった俺だが、俺は親分だ。
壊れ物をさわる様にして事情を聴いた。
そしたら酷かった。
マーシェの異名だ。
【底の浅い者】【浅漬けマーシェ】【桶で満足できない女】【タルーシェ】
個人的には面白かったんだが、ミーシャの具合をみるととてもじゃねえが笑えなかった。
とはいかず、吹き出して大笑いしちまったからミーシャから魔術師パンチを食らっちまったよ。
今は和解したぜ。
正直タルーシェのネーミングセンスは最高に良かった。
抜群だ。
あのアイリが必死に笑いを押し込めていたからな。
俺がプリッカに命じてアイリの前で「私はタルーシェ」と言わせた時は吹き出しやがった。
そしたら次々に吹き出し始め。
皆は大爆笑。
そしたら店が大爆衝。
マーシェだ。
さすがにこれは容認できなかったみてえだな。
ミーシャの一撃はただ店に穴を開けただけだが、マーシェの一撃は店を完全に破壊し尽くしちまった。
親父はカンカン、マーシェもカンカン。魔術師共もカンカン。
とりあえず俺は怒れるオヤジ等を連れて最高に高い店で呑ませてなんとか収まった。
もちろん酒場は弁償だ。
アイリは酒場を破壊した事に怒るかと思ったが、「悪徳をもって善行を為しました」となぜか満足そう。
どうやら山賊団を抜けた子分達の仕事に困っていたらしく、ちょうど良かったとか。
後になって一部始終を知った親父からは出禁をくらった。
まあ当然か。
そんな事になってから常に怒り狂っていたマーシェが、俺への贈答品のグラスを見て目の色を変えてとっていきやがったから、そのままくれてやった。
「私は浅くないし、樽でもない。このグラスのように透明な深淵なんだ。これが私の深淵」
□ □ □ □
グラスを見ながらシシシッと笑ってるマーシェ。
「ほらっ新しいの開けてやるよ」
俺はもう一本のワインを開けるとグラスに注いでやる。
嬉しそうに飲み干すマーシェ。
「頭、本当によかったんですか」
ビアナだ。グラスの事を言ってるんだろう。
「構わねえ、俺にはあんなお上品なグラスは似合わねえ、それに酒が不味くならあ」
「それならいいんですが」
あまり納得してねえ面だな。
話を変えるか。
「おいビアナ、おめえもっと食え」
「はい、食べます」
「おめえな、山賊なんだからもっと肉食え肉」
俺がどんどんビアナの皿に肉を盛り付けてやった。
「っは、はい」
目を白黒させながらも食い始めるビアナ。
やっぱこうでなくちゃな、よく食ってよく飲まねえとな。
「大親分、ありがとうごぜいやす。姐御はいつも飯を食いやがらねえので」
「おう、苦労かけるなカイゼル」
「いえ、姐御を支えれてワシら幸せでさ、なあブローディア」
「そうさねカイゼル。大親分、姐御に強く言ってやってください、ワタシらが言っても聞きやしないんですから」
カイゼルとブローディが畳み掛けるように頼んできやがる。
そんなに飯くってねえのか。
「……ッン、お前ら頭に変なこと言うな。私はガキじゃない」
必死に肉を飲み込んだビアナが、鋭い目つきをして子分共を睨みつける。
しょうがねえなあ。
「ビアナ、お前飯食ってねえってのは本当なのか」
「…はい」
「おめえらしくねえ、山賊ならよく食え」
「……はい」
力なく俯きながら返事した。
どうにも様子がおかしいな、こいつなら自分の体を考えて飯の我慢なんかしねえのにな。
「なんだ、なんかワケでもあんのか」
「…それは……」
口をモゴモゴと動かし、言いづらそうに煮え切らねえビアナに俺は強く言ってやった。
「言え、おめえは俺の子分だろ。なんでも聞いてやるよ」
俺の瞳をジッと見ると口を開き始めた。
「…あの、聞いたんです。…私が―――みたいだって」
どうも話を聞いてみると、詳しくは語らねえがマーシェの嫌な噂に乗っかる形でビアナの蔑称も流れ始めたみてえだ。
ビアナは女にしては背がでけえ、まだガタイはゴツクねえが、このままいけば立派な山賊になる事間違いなしだ。
だがビアナはそれが嫌みてえだ。
だから飯を食う量を減らして、食っても力の出ねえ果物とか野菜ばっか食いやがる。
そうやって今の身体のままでいたいらしい。
蔑称は、そんなビアナの心を抉る内容だったみてえだな。
それで最近は飯を食わねえのに拍車がかかったとか。
「…姐御、そうだったんですかい」
「姐御、気にし過ぎですよ。それに姐御はまだ細いぐらいです、もっと肉をつけた方が良いくらいですよ」
呆けるカイゼル。
ブローディアは説得力に溢れる言葉をかけた。
そのブローディアはビアナより少し高い身長で、ガタイもいい。
いや、ガタイもあるが実に肉感的な良い体をしてやがる、これぐらい方がいいだろう。
確かにこいつの言う通り、まだビアナは線が細いしもっと食った方が出るとこもしっかり出るだろう。
「ブローディアの言うとおりだ、おまえはまだ折れちまいそうだ。もっと食え。」
「…はい」
「噂なんか気にすんな、俺はおめえがもっと肉をつけた方が良いと思ってるぞ」
「っ頭、本当ですか」
お、食いつきがいいな。
やっぱビアナは可愛い子分だな、俺に気に入られようする犬みてえで可愛くていけねえ。
「本当だ、だから食えよ」
「はい」
顔を綻ばせて喜ぶビアナ。
そんなところでまた他の客がヒソヒソ話だ。
カイゼルに手を振って静めて来いと合図した、カイゼルは客に歩み寄ると恐ろしい形相になり一睨み。
そしたらやっぱ喋る喋る。
噂の的はビアナだ。
どうもマーシェのおまけ的な扱いの噂だな。
それにしても随分細かいとこまで知ってんだな。
逆に関心しちまったぜ。
蔑称を聞くまでな。
【タルーシェの従者】【底の浅い従者】【樽を開けられない女】【ゴリラ】【ゴリナ】
これには俺もキレちまった。
実際に目の前で聞くと駄目だな。
俺の可愛い子分をここまで貶めるような噂を流しやがって。
俺とビアナの子分共が大暴れ。
ビアナは食事を続けてた。
マーシェは爆笑してたから親分パンチで黙らせた。
アイリや他の子分達は素知らぬ顔で避難を開始。
破壊しつくされた店の前で佇むオヤジ。
そんなオヤジにアイリが声を掛けた「神の試練です」と。
また出禁になった。




