俺の海での山賊団 その二
ああ、ビアナが怒っちまったじゃねえか。
目が吊り上がっておっかない顔しちゃってまあ。
いや、そこまで怒らんでも俺は大丈夫だぞ。
「…っぁ…ビアナの姐御…」
ミーシャがブルっちまったじゃねえか。
しゃあねえな助けてやるか。
「まあまあちょっと言い過ぎちゃっただけじゃん、かしらは気にしてないでしょ?」
お前が持ってくのかよ!
くそが、せっかくの俺の度量を示すいい機会だったのに。
「おう、それぐれえ気にしねえよ。ビアナ落ち着け、お前らしくもねえ。ミーシャ、俺は人づてに聞いただけなんだ、トンチンカンなこと言って悪かったな」
本当のところは、実にビアナらしいと思うし、犯人はマーシェなんだがな。
「頭、ですがッ」
「ビアナ、俺は気にしてないと言ったぞ」
「…はい、わかりました」
「大親分すみませんでした。生意気な口をききました」
「まあ良いって事よ」
俺の示した度量を受けたミーシャは頭を下げると黙り込んだが、その目はまだ納得していない色だ。
それに気付いたマーシェが殊勝に話し始めた。
「ミーシャ、アンタにはまだ言ってなかったね。…私がちゃんとした魔術師になれたのも、深淵に手をかけることができたのも全部かしらのお蔭なんだ。あんまりにもアンタ達が私を立てるもんだから言いそびれちゃったんだ。ごめんね。…でさ、私はアンタほど理に詳しくないから割と感覚で扱ってると思う。でね、その感覚を導いてくれてたのがかしらだからさ、責めないでやってよ」
それにアンタ達もマナ増えたでしょ、と呟いた。
ミーシャはハッとなると俺に礼を言おうとするので、手で気にするなと抑えた。
また一礼すると今度は敬う眼差しに変わった。
忙しい奴だな。
っつうかマーシェ、あんまその話をしなねえでくれ。
いつ誰に男の現象だとばれるか気が気じゃねえ。
マーシェは殊勝な雰囲気を取り払うと、明るく言った。
「まっそういうわけで私は今、深淵の魔術師とか、深淵を覗きうる者とか、深淵に手がけたる者って呼ばれてんのさ。どう?こんな凄い私がかしらと一緒にいるんだよ」
無駄に胸を張るマーシェにとりあえず干し果実を渡した。
「そりゃ嬉しいな、涙が出そうなぐれえだぜ」
「とても素晴らしいと思いますよマーシェ、私もその御名に肖りたいくらいです」
お、おうアイリさん。
自身の蔑称の事をやはり気にしてらしてたんですね。
「ありがとアイリ。あなたの良さは皆に絶対に伝わるからさ、気にしないで頑張ろうよ。っかしらはもっと喜んでもいいんだけどな。」
「ありがとうマーシェ」
「おう、嬉しいぞマーシェ」
「…ま、いっか」
いまいち納得してないが、とりあえず納得したらしいマーシェは飯に戻った。
「ところで大親分、姐御の足を治す算段はどのようなもので」
カイゼルが遠慮ぎみに聞いてきた。
「それがな、俺もよくは知らん」
「っそ、そうなんですかい」
「っか、頭?」
肩を落としたカイゼル。
ぎょっとした表情になるビアナ。
「まあ、待て。えれえ司祭様なら治せるってのは知ってんだ。後は馬鹿みたいに金がかかるってことがぐれえか、そうなんだよなアイリ」
「はい、高位の神官なら神癒を体現しています。……そうですね、お恥ずかしい話ですが多額の喜捨が必要になることでしょう」
「まあ問題はどこで受けるかっつうことぐれえか」
「頭様、それでしたら私に腹案があります」
「おうなんだ、言ってみろ」
「ユステルに行こうと思っております」
「「「ッアイリの姐貴!」」」
急にどうしたんだよ。カイゼルもバレンティンもミーシャも落ち着けよな。
おめえ等が行き成りでけえ声出すから離れた席の子分達(幹部)が、気にしてんじゃねえか。
「姐貴、なんであんな盗賊の巣窟にわざわざ行こうとするんすか」
「アイリの姉貴、バレンティンの言うとおりでさ」
「…あの、アイリの姐貴。もしかしてご存じないのですか?あそこにはまともな教会なんて無いのを」
おいおいおい、なんでそんなとこに行こうと思うんだよ。
「勿論知っています。商人の方達からよくお話を伺っていますので」
それで行こうとするってどういうだよ。
まさか盗賊の巣窟で、本格的な山賊解禁ってことなのか?
「私、今お友達が多いんですよ」
あれから相変わらず海で山賊三昧だ。
てっきりすぐにでも行くのかと思ったが、アイリが言うにはまだ時期が早いらしい。
まあそれならそれで俺達は金を稼ぐだけの話よ。
新造船を作れるくれい溜めれば大丈夫だろう。
団の金には手をつけねえつもりだから、まだかかっちまうな。
俺は船の体制を変える事にした。
これまでは旗艦が発見から実食まで行い、二番艦、三番艦はただの倉庫になっていたが、マーシェ指導の下、魔術師達の錬度が増した為、旗艦に保険一名を残してそれぞれの艦に分配することにした。
そうしてからはさらに襲撃の安定性が増し、より早く、より確実に稼げるようになった。
さすがにマーシェみてえに二種類の魔術が使えるやつはでてこねえが、それでも十分だった。
商船から反撃もこねえ。
俺達はこの海域ですっかり有名になった。
深淵なる炎岩賊団としてな。
船に居るはずのない炎の魔術師を擁しており、保険の筈の魔術師がばんばん魔術を使うからだ。
この名前が流行っちまった時はさすがにカイゼルもがっくりきてた。
それまではカイゼル海賊団と呼ばれていからだ。
俺は同情したが、それだけだ。
むしろ悲しいのは俺だからだ。
俺は海上山賊団と呼ばれたかった。
海でも山でもマルチに活躍できる、びっくりな山賊団として親しまれたかったんだ。
それがまた子分に呑まれちまった。
その噂を知った時は俺は一人でひっそりと飲んだよ。
そしたらカイゼルがやってきて、やっぱり二人でひっそりと飲んだよ。
その時の酒のつまみは、随分塩が効いてたぜ。
有名になってからは別の海賊団が突っかかってくるようになりやがった。
ルチア海賊団とか、ディッケンバー海賊団とか、フロッゴ海賊団とかな。
こいつ等は名前を売りたかったみてえだ。
流行に乗っている俺達を叩くことで自分達が流行に乗ろうとしたんだろうな。
まあこいつらは雑魚だった。
というかマーシェの前にはただの鴨葱だ。
むしろ船は増えるは子分も増えるはでウハウハだった。
おかわりもってこーいってな感じだ。
そこに突然やってきのが、ブローディア海賊団だ。
こいつ等は強敵だった。
マーシェには決して近づかない様に慎重に操舵しながらも、二番艦以降に隙があったら果敢に攻め込んできやがる。
それに大砲の扱いもうめえ。
マーシェの魔術が届かねえギリギリの距離を見極めて撃ってきやがるんだ。
うちの最高の使い手はマーシェだ、そのマーシェが届かない距離だから当然他の子分達も無理だ。
だったら大砲を、と思うがここ最近はこいつは使っておらず、しかも魔術があるからとほとんど売っぱらちまった。
そのお蔭で積載量は増したんだが、すくねえ大砲じゃあ使い物にならねえ。
商船を威圧する為に積んでるようなもんだ。
まあそれより最大の苦戦している原因は、俺達自身にあった。
というのも最近の俺達はネームバリューで食ってるようなもんだったからだ。
実際海に出ずとも金が入るようになっちまったからな。
俺達の確実な仕事ぶりが商人たちの噂になっちまったようで、俺達の懇意にしている港にわざわざ寄港しては金を置いて行くんだ。リーシャラ様の旗と引き換えにな。
もちろんリーシャラ様の旗とは言ってねえぞ。
ウチの新しい海賊旗と言ってある。
その海賊旗を掲げていれば他所の海賊にも襲われねえって寸法だ。
それぐらいに俺達の名は通ったからな。
っつうわけで俺達は油断しまくっていた。
そこに気合いの入った海賊団よ。
初戦は一方的にやられた。
まあ一方的っつっても魔術の届かねえ距離からの砲撃だからな、大した損傷じゃあなかった。
二戦目は痛み分けだ。
相手も安全策じゃあ俺達を下せねえと分かったんだろうな、旗艦には近づかねえが、二番艦以降にはガンガン近寄って砲撃してきやがる。
三戦目は小さい勝利だ。
マーシェを二番艦に乗せて戦ったらこれが良かった。相手の船を一隻拿捕できた。
四戦目も勝利だ。
というのも相手は他には目もくれず旗艦目指して突撃してきたからな。
マーシェは旗艦に戻していたから、さらに三隻の拿捕だ。
五戦目でやっと決着がついた、俺達の勝ちだ。
もう奴等もどう戦えばいいのかを見失っていたからな、だがプライドがあってあいつ等は逃げなかった。
だから敵の旗艦にビアナ艦を突っ込ませて一騎打ちで終わりだ。
あいつ等も完全に負けを認めたよ、今じゃあすっかり俺の可愛い子分よ。
ブローディア海賊団に勝った俺達の名は一層広がりやがった。
っつうのもこの海域で今一番つええと言われていたのがこいつ等だったからだ。
名を上げたのがマーシェだ。
まあこいつは既にこの山賊団の代名詞になってるからな。
今流行っている名は、撃沈のマーシェだ。
次にビアナだ。
ブローディアとした一騎打ちは巷で語り草になるほどだ。
それもあってか、街じゃあカイウェル様の忘れ形見と呼ばれてるな。
まあ真相はカイゼルとブローディアが協力して噂を流しまくったみたいだ。
どうも魔術師が一番なのは悔しいらしいな。
それで自分の姐御のビアナの噂を流しまくったみてえだ。
しょうがねえ奴らだ。
次にアイリだ。
こいつは戦闘ではまったく活躍していないんだが、負傷者の治療の時に色々と活躍してたみたいだ。
それと商人たちと仲がいいのか、たまに船上で礼砲のようなものを打ってくる奴がいる。
そのお蔭でアイリは、本人が望んでやまなかった敬称がついた。
海賊の守りてのアイリだ。
少し方向が違うが立派な敬称だ。
アイリは勿論喜んだ、それもあってか今は盛んに布教活動に取り組んでいる。
信徒も増えたみてえだ。
そして俺の名は売れなかった。
街の奴らには、ただのまとめ役ぐらいにしか思われてねえみてえだ。
まあ俺は親分の親分だからな、俺自身が手柄や名声に拘るのはよくねえやな。
ちょっぴり悲しいけどな。




