俺の海での山賊団 その一
おう俺は山賊だ。
今も海上にある群島の一つを根城にしてる。
この島の近くには商用航路があって、それが美味い。
この航路を通るのは油断しきった武装のねえ商船ぐれえだからだ。
こいつ等は水や食糧、交易品をこれでもかと積んでいるからだ。
これがうめえ。
すげえ順調だ。
これならビアナの足を治す金を稼ぐこともできそうだ。
やっぱり船はすげえ。
積んでる商品の量が半端なくありやがる。
山賊で得る金がなんざ、鼻で笑えるぐれえだ。
そんな金が襲撃する度に俺に転がり込んできやがる。
この海での山賊行為、アイリから却下を食らうかと思ったが大丈夫だった。
船の拿捕と、船員の奴隷化、積み荷を根こそぎ奪うのが禁止されたくれえだ。
カイゼル―――元海賊団親分は不満そうだが。
俺としてはむしろ拍子抜けだ、トークンを小銭ぐれいの金で売りつけた(説法なし)だけで怒っていたあのアイリが、正規の山賊行為の許可をくれやがった。
しかも山賊する度のお小言も無しだ。
俺はアイリの成長を心から喜んだよ。
まあ相変わらず心の中でどうやって折り合いつけてんのか分かんねえけどな。
それはいいんだが。
ただ、一つ気になる事がある。
襲った商船の連中はアイリと話し込んだ後、なぜか笑顔になって去っていきやがる。
これが分からねえ。
それまで恐怖に震えるか、憎しみの籠った眼差しで俺達を見てやがるのに、コロッと変わっちまうんだ。
あれにはビビっちまうよなあ。
意味が分からなすぎて怖かったが、子分達も怖かったんだろうな。
本当ならこんな荒くれ者のなかでアイリの立場は厳しい筈だが、まったくそんな事がねえ。
カイゼルすら大人しく従ってやがる。
「大親分、アイリの姐貴は本当に元司祭様なんですかい」
「おうマジだ。教会で拾ったからな」
「……そうなんですかい、てっきり元悪魔かと思ってやした」
「まあ言いてえことはわかる」
「…ッあの、アイリの姐御には―――」
「分かってる。心配するなカイゼル、んなこたアイリにゃ言わねえよ」
「すいやせん、大親分」
それとマーシェが沈めた船の元船長どもはなぜかアイリに夢中だ。教えにハマったのか、アイリにハマったのかは分からねえがな。
これは藪だ、突きたくねえ。
まあそんなわけで、この山賊団の中でアイリは自分の立場を見事に確立しやがった。
だから獲物の食い方には誰も文句を言わねえ。
ビアナの片腕になりつつあるカイゼルが、陰でコソッと言うくらいだ。
ビアナもしっかりとした立場になった。
まあこいつは山賊の才能に溢れてるし、俺が育てたから当然なんだがな。
旗艦の船員はほぼ全員ビアナに忠誠を誓ってやがる、間近で見るとすげえもんだぜ。
まだ海賊になりたてなのに指示が鋭く、子分どもがそれに手足のように従ってやがる。
カイゼルがよく唸って聞いて来るぜ。
「大親分、姐御は本当に海賊は初めてなんですかい」
「おうそうよ。あいつは俺がガキの頃に拾って育てた山賊よ」
「……凄い話ですねえ。姐御、もうあいつ等を自分の体みてえに使ってる」
「だなぁ」
「指示にも迷いがねえ、本当に良い姐御に会えてワシら大親分に感謝ですよ」
「そりゃ親分冥利につきるな」
それに足を満足に動かせねえのに鬼のように強いのが魅力的なんだとか。
海賊が戦うのは船の上だ。
だから、足場が悪い中での白兵戦こそが海賊の真骨頂らしい。
それを不自由な片足で難なくこなしているビアナにはカイウェル様の加護があるっつうんで、ビアナの戦闘を見た者は参っちまった。
マーシェは相変わらずだ。
だが、一番調子がでているのは間違いなくコイツだ。
マーシェにも子分ができた。
まあ本人は相変わらず同士と呼んでいるが、元々海賊船での下地があった奴らだ。
子分としてちゃんとあいつを敬ってやがる。
良かったな専属の使用人ができて。
そして子分ができてわかったことがある、それは深淵(笑)の魔術師だった事だ。
海を行き交う船には、大体一隻につき一人の魔術師がいる。
それはいざという時の船の動力としてだ、凪が訪れた時や、速度を上げなければならない事態の時の為にいる。
だからいるのは風の魔術師だ。
もちろん他の魔術は使えねえ。
だから、マーシェが風の魔法も仕える深淵の魔術師だと知れた時の反応は凄かった。
船の上で一躍有名人よ。
マーシェは上機嫌になって照れていた。
俺達もそんな照れているあいつを見て嬉しかった。
だが次の言葉で、マーシェを含め俺達の表情は凍った。
「マーシェの姐さん、水の魔術も見せて下せえ」
そうだ。
俺達は凄い水に苦労していたが、水の魔術を使えば一発で解決してたからだ。
そんな簡単な事に気付かなかった自分たちに愕然とした。
泣きたくなったが、子分たちの手前我慢した。
それで黙って魔術を見る事にしたんだが、一向に魔術がでてこねえ。
訝しんでマーシェを見ると、
「…あれ?駄目だ使える気がしないや」
マーシェは水の魔術が使えなかった。
魔術に学のある子分に聞くと、本物の深淵の魔術師は全種類の魔法が使える筈なんだとか。
魔術師にも段階があって、一種類も使えない者、一種類しか使えない者、二種類使えるもの、それ以上使えるものと色々あるらしい。
それならマーシェも大したことないのかと思ったが、二種類の魔術が使える者は相当に珍しく、それだけで栄誉があるとか。
それこそ、深淵と名乗っても許される力量と認められているらしい。
話を聞いたマーシェはがっくりしてたが、周りの魔術師の反応は凄かった。
すげえ偉い先生に会ったかのような対応だ。
そのお蔭でマーシェは気を取り戻し、鬱憤を晴らすかのように獲物の眼前にデカい炎の弾を打ち込んでる。
魔術師共は歓喜しているが、凄まじい力を見て他の子分達の顔色は悪い。
勿論カイゼルもだ。
「大親分、マーシェの姐さんはいつ機嫌が戻るんですかい」
「それはな、俺にもわからん」
「…」
「…」
「…あの、いつもこんな感じなんですかい」
「調子がいい時はな。まあ時期に慣れる、それに、だんだん気持ち良くなってくるから安心しろ」
これは本当だ、マーシェがいるお蔭で獲物の発見から実食までの間隔が恐ろしく早い。
次々と獲物を食い続ける自分達を感じて、子分どものマーシェを見る目も落ち着いていった。
それに、マーシェの魔術とアイリの制限がうまい具合にハマりやがった。
拿捕や捕虜をとらない為それを処分する手間が省け、換金率の高い商品だけを頂くことによって、寄港せずに何回もの襲撃を可能にした。
そのうえ、アイリのよく分からない密談のお蔭か、派手に襲撃しまくっているのに客が減らねえ、むしろ増えた気さえするぐらいだ。
カイゼルもそれを理解してからは文句を言う事もなくなった。
俺達は最高の流れを作った。
毎日が楽しくてしょうがねえ。
寄港した時なんて、毎日がお祭りだ。
港の奴らも俺達の収奪品を買い取りホクホク顔だ。
いつものように儲けを捌いた後の祝勝会だ。
子分ども全員を含めるとすげえ数になりやがるから、幹部格だけ良い店を使って飯を食う事にしてる。
下っ端子分たちは安い酒屋だ。
なんか申し訳ねえなあ。
だが、あっちはいつも盛り上がってるみてえだ、何度かお邪魔したがすげえ楽しかった。
俺としてはあっちの方が好みなんだが、あまり行かせてくれない。
なんか親分なのに悲しいぜ。
これも親分の度量か…。
「かしら、魚醤」
マーシェが小皿を目線を向け、俺に魚醤をいれろと催促した。
「ったく、こんなのミーシャにやらせりゃいいだろうが」
「だって、かしらが一番気楽だからさ」
俺が律儀に小皿に魚醤をいれてやると、刺身をつけおいしそうに頬張った。
それを見たミーシャはピクリと眉を動かしたが、特に何も言わなかった。
ミーシャ―――旗艦にいる元魔術師の親分は、マーシェの事を敬っていてイエスマンなんだが、マーシェはそれが堅くて嫌らしい。
同志としての緩やかな連合みたいなのが好きみてえだ。
それを知ったミーシャは必死に柔らかくなろうとしたが無理だったみてえだ、女だてら海賊に混じって自分の立場を守り続けた結果、ビアナみてえになっちまったらしい。
マーシェの他の子分達も皆ビアナに似てやがる、俺の知ってる魔術師共と全然違う規律溢れる集団だ。
それも皆、女だ。
どうも魔術師は女しかいねえみたいだな。
ミーシャに聞いてみたが男の魔術師はほとんど見た事ないとか、なんかマナとの相性が悪いらしいな。
俺は悪夢を思い出しそうになったが、ミーシャ以下子分たちの規律溢れる精神をみて安堵した。
悪夢は夢のままでいそうだぜ、助かった。
過去最高に調子に乗ってるマーシェだが、悪乗りする仲間がいない為あの時のクソ調子になりきれねえみたいだ。
むしろ魔術師じゃねえやつらとの方が馬が合うみてえだな。
今じゃあ恐ろしい炎撃にも慣れたからな。俺とマーシェが下っ端子分の酒屋に行った時なんか、漂流した時の事を面白おかしく話して皆で笑いあったもんだ。
「姐貴、これうまいっすよ」
「あらそうですか、それでは頂こうかしら」
「どうっすか」
「美味しいですね」
アイリとバレンティンだ。
バレンティン―――沈んだ船の船長はアイリの子分だ。
アイリの子分だからてっきり狂信者みたいな奴なのかと思ったが、こいつはすげえ話しの分かる奴だ。
ノリは軽いし、頭も良い、それに船を沈めたマーシェとも仲が良い。
俺のこともすげえ慕ってくる可愛い子分だぜ。
船長共のなかでは若かったみてえだな。
その柔軟性からか一番にアイリの子分になった。
今じゃあすっかりアイリの片腕よ。
何かにつけて遠慮をするアイリには丁度いい性格の子分だな。
「姐御、酒が進んでいやせんが、何かツマミを持ってこさせやしょうか」
「構わん、気にするな」
「しかし姐御、飯も食ってねえですぜ、早く元気つけて足をなおさねえと」
「分かってる、少し黙れ」
「姐御……」
こっちは安定のビアナとカイゼルだ。
傍から見るとまるで親子の会話だな、カイゼルは世話好きの親父で、ビアナは反抗期の娘か。
おもしれぇ。
親衛賊団の時の片腕は騎士崩れだったからな、ビアナの鋼と混ざり合って超お堅い集団になっちまったが、今回はそんな心配しなくて良さそうだな。
ビアナはきついが、それをカイゼルが大らかに受け止めてやがる。
大分負い目も薄れてきたのかもな、アイリの前でこんなキツイ口調なんてしなかったからな。
皆仲良く渇水の体験が良かったのか、カイゼルの人柄が良かったのか、まあどっちでもいいか。
「かしら、そういえば聞いた?街の噂」
マーシェがシシシッと小気味よく笑いながら口を開く。
「…何の噂だ」
噂と聞いてドキリとした、禁忌の噂かと思ったからだ。
あれから幾つも国を超えたから大丈夫だと思ったが、焦るぜ。
「ふっふ~ん、ミーシャ言ってやって」
「はい姐さん。大親分、街では新たな深淵なる者についての噂が飛び交っています」
ミーシャは堅い表情を緩めると声を出した。
「そりゃマーシェの事なのか」
「はい、姐さんの事です。その名は王都にまで轟いているとか」
自分のことでもないのに誇らしげなミーシャを見ると、なんかほっこりするな。
「ほう、深淵っつうのは思ったよりすげえんだな」
「大親分、それは聞き捨てなりません」
ミーシャの言葉を聞いたビアナの眉がピクッと動いた。
「深淵を僅かにでも覗くことは非常に重大な事なのです。それを姐さんはあんな環境で成し遂げました」
あんな環境ってのは、小舟と樽か。
「その環境下で魔術師の上の位階に至れるのは、類い稀な才能と魔術への深い造詣の賜物です」
こいつ意外と喋るな。
やはり魔術師か。
「私が聞いた上位階に手をかけた者の話では、マナの溢れる場所に修練施設を作り、専用の秘薬を満たした窯の縁に座り、三日三晩瞑想を続けてやっと力を得たと聞きます」
おいおいそんなに大変なのかよ。
「それを姐さんは…」
胸に手を当て瞳を閉じるミーシャ。
感極まってんなあ。
ちょっとこいつも変わりもんなのか。
「姐さんは今はまだ二種の魔術師です。ですが、魔術の潜在能力は大陸最高峰だと私は思っております。私自身未熟なれど、遥か遠方から見た山の大きさを見間違えるほど未熟のつもりはありません。」
え、そんなにすげえの。
視線を移すと、すげえ鼻を伸ばしたマーシェの姿が、なんかうぜえな。
「そのうえ姐さんは、深淵を覗いた時の知識と経験を私達に無償で提供して下さった」
「ん?魔術師は競争や足の引っ張り合いはねえから、それは当然と聞いたんだが…」
マーシェから聞いた事を言ったんだが、睨まれちまった。
なんか俺が悪いみてえじゃねえか。
「誰からそのようないい加減な事を聞いたのですか?魔術は深淵に至る為の秘匿すべき技術の結晶です。それを言うに事欠いて姐さんの前でよくも仰る事ができ――――――」
おおいマーシェ!てめえ、すげえ意味のねえ嘘つきやがって!
なんで俺が子分に叱られねえといけねえんだよ。ッてめえ目を逸らすな。
「ッ頭に無礼な口を利くなミーシャ。…そのよく動く口、縫い合わせてやろうか」




