俺の海賊
おう俺は山賊だ。
今は海上にある群島の一つを根城にしてる。
この島の近くには商用航路があって、それが美味い。
この航路を通るのは油断しきった武装のねえ商船ぐれえだからだ。
こいつ等は水や食糧、交易品をこれでもかと積んでいるからだ。
これがうめえ。
捨てる神あれば拾う神ありとはまさにこの事か。
俺達は最高の山賊を海上で楽しんでる。
まあつまり海賊っつうことだな。
俺は山賊(海賊)団の大親分だ!
まさに絶頂だ。
ここまで来るのにマジで苦労した。
今回ばかりは死を覚悟したぜ!
俺達は海上をすいすいと進んだ。
もうイルカもびっくりなぐらいにな。
マーシェの魔術はまさに深淵を覗いたに相応しい仕事をしてくれやがった。
親分冥利につきるぜ。
俺達は進み続けた。
明日へ向かって最強に進み続けたんだ。
ぐんぐんと進む船、追い越し続ける魚たち、共に笑ったアホウドリ。
そしていつまでも鮮やかなオーシャンブルー。
綺麗だなあ。
…俺達は気付いた。
あれ、景色変わってなくね?ってな。
舵を切ってなかったんだ。
まあしょうがねえよな、誰一人として船の知識はなかったし、どこに向かえばいいのか分からなかった。
ただ、あの凪の海域を抜ければ大丈夫だと皆で信じていた。
信じ抜いていた。
というか信じるしかなかった。
だから間違だと気付いたのは、アイリの微かな弱音を聞いた時だ。
「……頭様、…この試練は、…まさに苦界の、…如しですね」
アイリはこの中で一番体力がねえ、だから一番最初に弱っちまった。
っつうか皆口に出さないだけで、本当はすげえ失敗したと感じていた筈だ。
陸地は見えねえし、船は通らなかったからな。
だが、言えなかった。
皆その事を口にすれば決定的ななにかが起きてしまうと思ったんだ。
だから黙った、むしろ元気に振舞った。
俺は親分ゆえに。
マーシェは深淵ゆえに。
アイリは試練ゆえに。
ビアナは立場ゆえに。
だから俺達はひたすら強気に楽しく和気藹々に(張りつめた)航海を進めた。
食料はあった!飯は腐るほどあった!
飲料水もあった!水も腐るほどあったんだ!
ただマジで水が腐ったんだ。
俺達のチキンレースの始まりだ。
誰も現実は直視できねえ、っいや、してるが口に出せなかった。
それぐらいあの時のマーシェ深淵イベントは気持ちよかったし、その気持ちをむげにしたくねえと思った。
あれを自分の一言で崩したくねえ、その一心で俺達は頑張った。
だが、水がねえのはさすがにつれえ。
だから何気なく、水を作る提案をした。
皆も賛成してくれた。
「…おう、…そういえばよ。…俺は大丈夫なんだが、マーシェが、…辛そうだから、…水作ってみるか」
もう口の中がパサパサでまともに喋れなかった。
俺は、魔術を使って疲れてるマーシェの為を思って水を作る提案をしたんだ。
「…何、…言ってんのさ、…私は、絶、…好調なんだから、…それより、アイリが…辛そうだから、そうしたら」
だが奴はそれに乗らなかった。
すげー死にそうになのにアイリにお鉢を回しやがった。
「……いえ、……私は、大丈夫です。…それより、……ビアナ、さんが、…大変そうなので、……むしろ」
アイリが一番死にそうだ、正直体力はねえしこのクソ熱いなか礼装を着込んでるからだ。
日差しを遮る為ならいいんだが、それ以上に着込んでいるからもう常に死にそうだ。
その信仰への想いはすげえがマジで頭がイカれてるとしか思えん。
「…私は大丈夫です…アイリ。それより、…頭が」
ビアナが一番大丈夫そうだ。
まあ弱っているのは足だけだか―――っコイツ俺を裏切りやがった。
くそっ、しょうがねえ。
「…じゃあ、…俺達は…皆、…大丈夫だが…水を作るか」
「…そうだね、…大丈夫、…だけど」
「……そう、…ですね、……水を…作るのは…罪では……ありま…せんから」
「はい、…悪く…ないかと」
皆ねばるなあ。
アイリ、お前無理に長く喋るなよ。まじで死ぬぞ。
俺達の仕事は早かった。
みんな本当は水を飲みたいからだ。
俺達の心は一つになった。
鍋掛けを作ると鍋に腐った水を入れて、マーシェの魔術で煮立てた。
鍋から出る蒸気を皮のシートで受け、こぼれ落ちる滴を木杯に溜めた。
一滴、一滴と溜まっていく水に俺達の喉は鳴った。
最初の木杯が一杯になった時にまた始まった。
「…マーシェ、…お前が…飲め」
「…アイリが…飲みなよ」
「……私は……大丈夫です、…ビアナ…さん……どうぞ」
「…頭…どうぞ」
場に沈黙が落ちた。
「「「「では俺(私)が」」」」
俺達の心は本当に一つになった。
「「「「どうぞ、どうぞ」」」」
まただ。
俺は大きくため息を吐いて飲む順番の指示出した。
最初にマーシェ、次いでアイリ、ビアナ、俺だ。
マーシェの魔術は俺達の生命線だから優先した、後は死にそうな順番だ。
俺が親分権限で決めたから、皆ホッとした顔してたよ。
俺は内心泣きそうだ。
喉が乾いた!
それからなんとか命を繋ぎながら漂流した。
昼は風の魔術で移動、夜は火の魔術で水作り。
マーシェは獅子奮迅の活躍を見せてくれた。
あの三回の襲撃に一度しか魔術を使わなかったマーシェが嘘のようだ。
さすが深淵。
マーシェは頑張ったし、アイリも良く耐えた。
だが現実はひでえもんだ。
ついに腐った水もなくなっちまった。
いや、水ならそれこそ漂流するほどにあるんだが、樽の水がなくなったのが一つの区切りになっちまった。
俺達がこの量の水を使いきっても、まだ海にいやがる現実だ。
そこでアイリも限界だったんだろうな、ついポロッと弱音を吐いちまった。
それをきっかけに、皆で弱音の大合唱。
「……頭様、…この試練は、…まさに苦界の、…如しですね」
「…ッア、…アイリ、…お前…大丈夫か?」
「……アイリ…あなた…」
「…アイリ…」
倒れ込んだアイリを囲むようにしてへたり込む俺達。
「……こんなに…辛い事が…あるとは…思いませんでした…頭様、…マーシェ…さん、…ビアナ、さん、……私の試練…なのに…」
「…おめえ…無理して…喋るな」
「…私も…きついよ…アイリ、…ごめんね。…私が…樽を…壊さなければ」
「…馬鹿を、言うな、…実際に…壊したのは…私だ、私がもう少し…思慮深ければ」
アイリもマーシェもビアナも顔を歪めようとしてるが力が入らず、ただ表情が引くつくだけだ。
「……けれど、…私は…嬉しくも…あります。…あのような…取り返しも…つかない大事…になったのに、…頭様も…マーシェ、さんも、…ビアナ…さんも…一緒にいてくれて…私は嬉しいです」
「…もう…本当に…無理を…するな。…俺が…悪かったたんだ、…あんな…奴に…ビビっちまって…喋っちまった」
「…じゃあ…かしらの…せいかもね。…ハハッ、…アイリも…こんな時に…敬称つけなくて…いいのに、…ハハッ、…おかしくなって…きちゃった」
「…フフッ…そうだな…、…かしらの…せいですね。……責任とってください、…ッフフッ。…アイリ、…私の事も…呼び捨ててくれ。……本当に死んでしまうぞ。…フフッ」
少しでも乾きを抑えようと短く喋ってたのに、こんなに長く喋ったのは何時以来だ。
「……ふふっ、…それでは…頭様の…せいですね、…マーシェ、…ビアナ…ふふっ」
「…おいおい…俺だけの…せいかよ、…しょうがねえ…子分達だな…グハハッ…」
「…ハハッ…ほんと…参っちゃたよ…ハハッ」
「…フフッ、…こんなに…愉快なのは…久しぶりだ。…フフッ」
このままどん底まで精神が落ちちまうじゃないかと思ったが、意外と大丈夫だった。
むしろ空気は良くなった。
皆アホみえてえに意地張ってたからな、それが良かった。
それだけじゃねえ、弱音を最初に吐いたのがアイリなのがさらに良かったんだ。
こんな試練馬鹿でも認めざる得ないぐらいの辛さを自分達は我慢してたっつうのが心をくすぐった。
俺達は笑いあった。
喉が乾きすぎてて、声にならなかったがそれでも確かに笑ったんだ。
状況は切羽詰まり、体調も最悪、だが心には諦観の二文字だ。
俺達一行は澄み切った空気の中、漂流を続けた。
そして見つけた。
海賊旗を掲げた十隻からなる大船団だ。
奴等は漂流してる小舟に近付いてきやがった。
ありがてえ奴らだ。
油断しきってる奴等にマーシェが一発お見舞いした。
静かな海上に轟音が響くと、そのうちの一隻の船底に穴が開けた。
船体を軋ませながらドンドン水を飲み込みあっという間に一隻がおじゃんだ。
大パニックよ。
そこでなけなしの水を飲んで喉を潤し、恫喝だ。
もちろん奴等は従わなかった。
もう一隻が沈んだ。
それからの奴等は丁寧だった。
俺達も丁寧だった。
礼儀正しく船上に招待された俺達は奴らと仲良くダンシングだ。
さすがのビアナは格が違った。
パートナーを次々と伸していき、あいつ等の親分も伸しちまった。
そこで俺の親分宣言よ、みんな俺の子分になった。
まあ跳ねっ返りが多くて、最終的には四隻しか残らなかったんだけどな。
マーシェの奴躊躇なく沈めやがるからな、マジでおっかねえ。
アイリは沈めた船の船員を助けろとか言いやがるし、お蔭で船はパンパンよ。
ビアナはさすがだ。鋼の規律を持ち出して、今乗っている船に関しては反乱の心配がねえ。
そして新しい子分共は、不自由な足を引きづりながらも鬼のようにつええビアナに心酔中だ。
隣の船はマーシェのお蔭で浸水中だ。
…沈んだ。
残り三隻か。
水と食料がヤベエ。
俺達はガンガン船を沈めながら港を目指した。
港は案外近かった、どうも俺達は陸地と平行になるように航海してたらしい。
それを聞いた時は悔しかったが、まあいい、助かったんだ。
そして、減った船に対して増えすぎた子分共をどうしようかと悩んでいると、子分どもが言いやがる。
これからは真面目に生きます、抜けさせて下さい、とな。
どうもマーシェの炎撃は恐怖を煽っちまったみてえだ。
そしてアイリの禁忌の信仰がトラウマになっちまたみてえだな。
助けた奴の看病をアイリは頑張っていたんだが、治療だけじゃなく布教にも力を入れてたみてえだ。
海の男達は海の神様―――カイウェル様を崇めてる。
海には、シャラスナ様やリーファイス様みてえに善も悪もねえ。
ただ、海の神様なんだ。
だから俺としては、混然一体になってるリーシャラ教は受け入れやすいかと思ったが、どうも駄目だったみてえだな。
まあ分からなくもねえ。沈む船から投げ出されてなんとか助かった命。
そして看病してくれんのはえれえペッピンな女だ、敵の一味だろうと、地獄から天国かと思うだろうよ。
だがその女が言うんだ。
「一つの試練を乗り越えました、あなたにリーシャラ様の祝福を」
ってな、しかも嬉しそうにだ。
この女の仲間の仕打ちなのに、それを神の試練とか言いやがる。
恐ろしいだろうな、恐怖だろうな。
次々と運ばれてくる仲間たち、聞いた事のない神の祝福を授ける女、留まること知らない爆音。
女は爆音の度に「神の試練が」と口ずさむんだ。
正常な奴にはまずみえねえ、恐ろしい何かに見えたはずだ。
だからリーシャラ教のおしえと言うよりはアイリを受け付けなかったんだろうなあ。
っつうわけで子分の数は落ち着いた。
逃げ出した子分を見てアイリが落ち込むかと思ったが意外な事に嬉しげだった。
どうやら悪徳をもって善行を為したらしい。
海賊を山賊したことで真人間が増えたのを喜んでいるみてえだ。
本当に逞しくなったなコイツは。
俺はいつものように海上をちんたら進んでいる商船に襲い掛かった。
奴は一隻だった、帆に一杯の風を受けているが俺達の速度にゃ敵わねえ。
俺はゆっくり獲物を見定め所定の位置に着いた。
ファイヤーマーシェ・フォーメーションだ。
獲物の後方から襲い掛かり、追い抜いたところで魔術による一撃を海に打ち込むのだ。
ほぼ全てをマーシェに頼った、俺の度量が示す陣形だ。
この陣形を使うようになってからは、マーシェの態度がさらにでかい。
俺は信奉する海の神カイウェルに祈りを捧げた。
間違って獲物を沈没させないでくれってなあ。
「命が惜しけりゃ、金も命も置いてきな!」
いつもの口上、いつもの陣形、いつもの獲物。
俺は笑みすら浮かべ奴に迫った。
これは俺の美学だ。この海賊行為に関してはアイリからの口出しが無いのがすげえ気になるが、藪を突くのはこええ。ともかくさっさと金を稼ぐぜ。
俺はいつものように鞘を払うと愛用のシミタ―構え、いつものように子分に合図を送る。
そうするといつものように獲物の眼前の海が激しい爆音と共に蒸発した。
いつものように獲物がビビる。
「全部置いていきな」




