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俺の船旅、№2

 おう俺は山賊だ

 今は最悪な船旅の最中だぜ。

 ここは地獄だ、嵐によって船が振り回されてやがる。

 芳しい嘔吐を浴びながら飛び跳ねる水夫達を見る、心が苛立つぜ。

 ああ、船室に戻りたくねえ。


 アイリがなあ。

 あのアイリがなあ。

 ああ大丈夫かなアイリ。

 アイリはちょっぴり新しい信仰に目覚めちゃったみたいなんだ。







「頭様、私はリーシャラ様の教えをあまねく人々に伝えていきます」


 神の教えを伝えるのはいいんだ。それは俺も良い事だと思うぜ。

 …だがな。

 リーシャラって誰だよ!?

 そんな神はいねえぞ、その教えを広めるってどういう事なんだ!

 よしんば広めたとしても全ての宗派から異端指定くらっちまうぞ。

 アイリ頼む、落ち着いてくれ。


『そうか、じゃあその神の試練俺も手伝おうじゃねえか。だから一緒に来い、試練っつうのは待つものじゃなくて、自分から受けるものだろ?』


「頭様は仰いました、試練とは自ら立ち向かうことであると。…私が間違っておりました、揺り籠の中で神の教えを訴えてようなどと…。今この時に、あの時の頭様のお言葉を芯に至るまで理解できました。私の信仰が今、試されているのですね」


 ぅううおおおおおおい!! 

 なんで微笑みながら、そんなこと言っちゃうかなあ!

 言った、確かにそんな事を言ったがな!

 こんな状況は想像してなかったっつうの!?

 っつうかそうだとしても、リーシャラってなんだよ!?そこはシャラスナ様一択で頑張るもんじゃあねえのか!?

 ぐおおおおヤヴァイ意味が分からん。 

 アイリよ、お前はマジな奴だったのか!?

 早まるな、っ止めろ、なんだその聖句は!?口ずさむな!

 マジでヤベエ!今のままじゃあ俺もそのリーシャラ教という訳分からん宗教を広める手伝いをせねばならなくなっちまう、さすがにそれはヤバすぎる。

 ぐおおおおアイリ!っ頼む目を覚ましてくれえ!!

 






「頭、大丈夫ですか?」


 俺はビアナに揺すられ目が覚めた、相変わらず船内は酷い揺れだ。


「―――ッハ、……夢か」

「頭、寝汗が酷いです。失礼します」


 ビアナは布を取り出すと俺の汗を甲斐甲斐しく拭き出した。


「悪いな」

「いえ、それにしても酷くうなされていました。大丈夫ですか」


 (ぬぐ)い終ると、心配そうに俺を覗きこんでくる。


「ああ、大丈夫だ。…変な夢を見ただけだ。っ笑っちまうよな、あのアイリがリーシャラ教とかいう訳分からん宗教を信仰しだしたんだ」


 俺はビアナの心配を吹き飛ばすように派手に笑った。


「頭、現実です」


 だが、ビアナはそれに同調することはなく俺に冷や水を掛けやがった。

 ビアナの瞳に揺れはなく、真剣な眼差しだ。


「…は?」

「現実です」

「マジか?」

「本気です」

「嘘つくな」

「嘘ではないです」

「っおいビアナ!っおめえ俺を担ごうってんじゃねえだろうな!」


 あまりにもフザケタ話に俺はキレた。

 普段じゃあまず出さない怒声をビアナにあげた。 


「いえ頭に嘘はつきません。……アイリは本当にリーシャラ教を広めようとしています。」


 気まずげに顔を逸らした後に、俺を見つめなおしたビアナが言った。


「ゆ、夢じゃねえのか…」

「はい、シャラスナ様とリーファイス様の名前の一部を頂き、教義もそれに準ずると言っております」

「教義も準ずるってどういう事だ」

「悪徳をもって善行を為し、善行をもって悪徳を為すと」


 どういうこと?


「私にも理解できませんが、アイリはそのように言っていました」


 ビアナも理解できていないようだが、それを表情に出しはしなかった。

 その表情には侮蔑もなければ嘲りもないただ淡々としていた。


「…アイリはどうしてるんだ」

「マーシェがついています」

「そうか。…それでお前が俺の世話か、悪いな駄目な親分でよ」


 どうも、あまりの衝撃に俺は倒れちまったみてえだな。

 確かアイリを看ていたら突然リーシャラ様とか言い出したんだっけか。


「頭、そんな事を言わないで下さい。…私は今嬉しいです」

「なんでだ、俺は今すげえ情けねえツラしてるだろ?」


 心の底から情けねえと思う、親分の俺が子分に呑まれちまうところを見られるとわな。

 

「それが嬉しいんです、頭は私には強いところしか見せてくれなかった。私はいつも助けられてばかりでした。私は、私は頭を支えたいんです」


 優しいツラしたビアナは、口角を上げ綻んだ表情をみせた。


「ありがとよ、お前の献身にはいつも頭が下がる思いだぜ」

「私は頭の役に立てていません。アイリのように稼ぐことができなければ、マーシェのように場を取り持つことも。それに足はこの様です、たいしたことのない坂道を登る時ですら頭の手を煩わせています。私はいない方がいいのかもしれま―――ッィ!」


 ビアナは表情に影を落とすと、呟くようにして捲し立てる。

 あまりにも暗いので、とりあえず一発叩いて止めた。


「っだからそういう事は言うなといっただろうが、お前は俺の可愛い子分だ」

「頭……、私のような者でもお傍にいていいんですか」


 ビアナの上目づかいに俺を覗き込みながら言った。

 こいつはこんなに暗い奴だったか?なんか情緒不安定だな、これは良くねえ。


「何度でも言うがお前は俺は子分だ。勝手にどっか行くのは許さねえぞ。だから安心して近くにいろ、いいな」

「はい、……今度こそいつまでも」


 また表情を緩めたビアナは、返事をした後に小さく何かを呟いた。

 従順なのはいいんだがもっとこう、ッガハハやったなこいつぅ、みたいな雰囲気がほしいな。

 ガキだった頃はもう少し明るかったような気がするんだが、困ったもんだ。

 やっぱ早めに治療もした方がいいな。


「おう、それでよ。おめえの足は治す、金は手に入ったしな。その後の話だ。俺としちゃおめえみてえな有能な子分を離すつもりはないがな、っだが思った以上にアイリがやべえ。アイリの立場もやべえが、あいつ自身がもっとやべえ。俺はあいつの親分だから一緒にいるが、おめえまで付き合う必要なねえと思ってる。もしおめえがその気なら団の金を分けてやっていい、どうする」


 ビアナは静かに目をつむり一息吐くと、力強い眼差しになり口を開いた。


「私は頭の子分です」


 決して大きくない声だが、その声音は不思議と響いた。


「…そうか、じゃあこれからも俺の子分だな」

「はい」

「っいや、おめえはやっぱり可愛い子分だな」


 ビアナを頭をぐしゃぐしゃにかき回してやった。

 

「だからもうちっとおめえも元気だせや」

「っはい」


 よし良い触れ合いだった。

 まさに親分の度量が示された会話だったな。

 倒れたのを見られたのは恥ずかしいがまあしょうがねえ、これから汚名挽回だぜ!!

 

「俺も汚名挽回するつもりで頑張るからよ、これからも支えてくれや」

「頭…それは……はい、支えていきます」


 ビアナは僅かに顔をしかめるが、すぐに表情を改め返事をした。

 そんなところも含めて、と最後につけたしのは気になったが。

 って、なんだよこいつ。俺がかっこよく締めたっつうのにやっぱ足を早く治してやんねえとな、元気が足りん元気が。







 俺はいつものように談話室を抜けると廊下を歩き部屋に戻ろうとした。

 奴は一人なのか?部屋の中からは呪詛(じゅそ)のような祝詞が聞こえる

 俺はゆっくり扉を見定め所定の位置に着いた。


 リッスントゥフォーメーションだ。


 扉の正面から忍び寄り、音をもらさずに扉に耳をあてがい中を確認するんだ。

 軋む船内で船室の中の音を聞き取る為に考えた、俺の命のかかった陣形だ。

 この陣形を使うようになってからは、タイミング良く入室できるようになった。 

 俺は信奉する悪徳と善行の神リーファイス、シャラスナに祈りを捧げた。

 神をも恐れぬ不敬すぎる子分だが、どうか見守ってくださいってなあ。


「神様お願いします、今日こそ落ち着いてますように」


 いつもの口上、いつもの陣形、いつもの扉。

 俺は大きく喉を鳴らすと奴に迫った。

 これは俺の美学だ。あまり冒涜的な聖句を俺に聞かせないでくれ。

 俺はいつものように扉に手を添えると、いつものように扉に耳をあてがう。

 そうするといつものように室内から何かが聞こえた。


(つるぎ)でもって、麦を作ろう。クワを握り、人を積もう」


 こ、これは…リーファイス教の聖句なのか…っだけじゃねえ!シャラスナ教と混ざってやがる。


「主の御霊はあたなと共にあり、私と共にある。共にあるべき二つが分かれ、共にあるべき二つが一つ。祈りなさい、新たな神の誕生であると。讃えなさい、新たな神の誕生であると。喜びなさい、あなた(・・・)の神の誕生であると」


 き、気付かれてる?

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